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染芳(そめよし)
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野乃助の家に飛び込んで目に入った光景に普段は動じない強靭(きょうじん)な染芳の心臓はざわついてひるんだ。
野乃助が鶴松を後から抱き抱えて裾をたくし上げ、鶴松は赤面して下半身を露わにしてた。
この二人は毒だ。
染芳とは違う白い肌になめらかな曲線の体付き。
その二人が絡み合う姿に染芳はざわつく。
染芳はくるりと回れ右をして出て行こうとするのを野乃助に何かをぶつけられてまた振り返った。
まるで己の気持ちを見透かすかのように笑う野乃助の顔があった。
染芳も18歳の健全な男である。性欲だってある。人肌を抱きたいとも思う。
女であれ、男であれ。
見目麗しい物に欲情するのはおかしくない時代なのである。
目の前の艶(なま)めかしい二人の様子を見て劣情を抱いたとしてもそれは至極普通のことなのである。
ただ染芳には人一倍のプライドがあった。
俺は違う、と。
実家の旗本はこの平和な時代には必要とされない昔ながらの戦国時代からの家柄だった。
その内借金ばかりが増えてお家取り潰しの憂き目にすらあう。旗本という身分と名誉はあったが内情は火の車だった。
兄は金を持っている町民の高利貸の娘を嫁に迎えて借金をなんとかするかどうかの切羽詰まった状態まで来ている。
先祖代々からある俺の家は。
高利貸の守銭奴のようなクソ爺の策略で今乗っ取られようとしている。
だがもうどうにもならない。
次男坊の俺は家を出て江戸で一旗挙げていつか実家を助けると思っていたが。
現実は甘くなかった。
自分のような旗本の次男というだけでは職にありつけない程に江戸の町は浪人や下級武士であふれていた。なんとか公職に就けたとしても副業をしていないと生活もままならない。
染芳は縁者のツテを頼って随分と身分の低い公職の仕事にありつけたがその給金や俸禄ではやっていけない為、木材を寄せ集めて寄木細工を作って売ったり子供のおもちゃを作ったり力仕事が必要な時に日雇いの仕事みたいなのをして生計を立てていた。
もう18歳なのに所帯も持てない。帰れる場所もない。
この長屋も縁者の紹介で長屋の持ち主の婆から格安で借りさせてもらって男やもめで生活している。
長屋は壁が薄く、便所も共同便所。住んでいる者も俺と同じような似た境遇だ。
決してお金のある人間たちではない。
ただ、身分関係なく、過去も関係なく分け隔てなく生活を皆がしている。
金は無いが人情はある、そんな生活だ。
野乃助と知り合ったのはこの長屋に来てからだがその外見にグッと来るものがあったのはきっと染芳が性に対して人一倍関心を持ち始める年齢で野乃助がそういう容姿だったからだろう。
野乃助は染芳が住む随分前から一人で暮らしているらしいが染芳は女性に媚を売り、男にも流し目を遣う。
そんな生き方を染芳は心の奥底ではバカにしつつ、怒りを覚えつつという具合だった。
何故野乃助に怒りを覚えるのかは染芳はその時点では気付いていない。
染芳も野乃助もお互い憎からず思っていたのである。
ただ二人は不器用なのである。
「ねえねえ、染芳さん。今度小さい木箱作ってくれない?日記書いているんだけどそれをしまう木箱欲しいんだ」
「分かった」
「ありがとう。お金は家に持って来てくれた時に渡すね」
「大きさとかがあるだろう。今度家に行くよ。日記の大きさやどれ位のどんな物が欲しいのか今度詳しく聞こう」
「うん」
鶴松はニコッと笑って染芳にお礼を言う。
鶴松も野乃助も俺の体格と雰囲気も表情も違う。
違う生き物だ。
染芳は滅多に笑わない。
質実剛健。堅物。
そんな言葉がぴったり来るのである。
鶴松や野乃助の持つ柔和なんて言葉は染芳の辞書にはない。
「そう言えば鶴松、千代吉姐さんいいの?」
「あ!!いけない。千代吉姐さん怒ってるかも」
「早く行ってらっしゃい。千代吉姐さんもわがままだからねえ。どこかほっつき歩いておれ言ってなかなか来ないとどやされるからねえ」
「うん!!」
鶴松が草履を吐いて勢いよく飛び出して行った。
野乃助の家には染芳と野乃助。
二人は無言で出がらしの茶をヒビの入った茶碗で飲んだ。
「野乃助」
「なんだい?」
「この前頼まれていたお白粉箱もうすぐで出来る」
「あい」
そしてまたズズッとお茶を飲む。
野乃助は野乃助で
「なんでこんなに居心地悪いんだ!?今まで男も女も虜にしたこの野乃助様が。あの役者の美坂野にも負けない容姿の俺がなんで!?なんで染芳と二人だとこんなに居心地悪いんだ!?」
と思い、染芳は染芳で、
「こいつといると落ち着かない。この部屋に充満する商売道具のお白粉の匂いや紅の匂いとか女の匂いがするからだろうか?」
と思っていたのである。
どちらもまだ気付いていない。
言葉では二人共粋がっているものの、それはそれ。やはりまだ10代の男なのである。
本当の恋愛、色恋にはまだ乏しいのだ。
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