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千代吉
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鶴松はまた吉原に取って返した。
「ああ。随分寄り道しちゃった。姐さん怒ってないといいんだけど」
吉原の大門を潜り抜け女人街に入る。
仙吉楼に到着し、入口で仙吉楼の旦那と出くわした。
「鶴松、千代吉が待ってるよ。急いで急いで」
「へい」
旦那が入り口でうろちょろしながら鶴丸を待ってたからには千代吉姐さんまたヒスを起こして怒っているんだろうなあ、と鶴松は慌てて千代吉の部屋へと上がった。
「鶴松です!!」
「お入り」
そろっと障子を開けるとキセルで煙草を飲んでいた千代吉姐さんが鶴松の姿を見た途端、
カンッ!!
とキセルを煙草盆の灰入れに叩きつけて灰を落とした。
怒ってる。。。。。。理不尽だ。呼びつけてまたどっか行けでまた戻って来たら遅い、って怒ってる。。。。
「鶴松遅いじゃないか」
「へぇ、すいません」
「こっちに来やれ」
「はい」
おずおずと千代吉の前に出て、父親から頼まれていたお店の品を風呂敷から出して千代吉に渡した。
真正面に千代吉の顔を見る。
しっかりとお白粉が塗られ、紅も差されている。
髪もしっかり結わえられていたが夜に見せる前帯だらりの客前に出る時の格好ではなく浴衣を着て傍らで禿(かむろ)が団扇(うちわ)で千代吉を煽いでいた。
この仙吉楼のトップの千代吉はお客には町人の金持ちももちろんだが、大名なども客に持つ花魁だった。
花魁というのは作られて出来るものである。
小さい頃に吉原に売られて来て、器量や賢さをそこの旦那に見込まれて特別な教育を受けて花魁になるのである。
お茶や舞い、学問、教養を叩きこまれて最初からエリートとして育てられるのである。
女王蜂みたいなものだ。
たくさんの蜂の中から一匹だけ選ばれてロイヤルゼリーだけを食べて女王蜂として育てられるように、最初から選ばれてエリートとして育てられて花魁になるのである。
現代のように客がたくさんつくからその月のトップの嬢になるというような類ではない。
花魁は町の女たちのファッションリーダーでもあった。浮世絵などにも描かれその髪型やファッションが真似される。
花魁自体が文化の発信基地みたいな役目を果たしていた。
花魁自体もそれをよく知っている。だからいつも隙がない。花魁というプライドも育てられるのだ。
「鶴松、何か面白い話をして頂戴」
「はい」
鶴松が愛想笑いをしながら千代吉を見ている表情に怒りを忘れたのか千代吉はいつものように話を鶴松にねだった。
遊女は吉原から出ることはない。
吉原の大門をくぐるのは身請けされて遊女から足抜け出来た時か死んで死体で出る時位だ。
だから千代吉は売られて来てから吉原の外に出たことがない。
物見遊山で金持ちが大枚はたいて吉原から連れ出す、ということも出来るのだろうがそんな豪気なことが出来る金持ちはほとんどいない。
お連れなどを含めると数十人、そして飯代、酒代、土産代などなど。その金額は吉原で遊ぶお金なんか足元にも及ばない額になる。
千代吉も外にお客に連れ出されたのはまだないはずだ。
鶴松は今日野乃助や染芳に会って起きたことを話した。
「バカだねえ」
と千代吉はフフフ、と笑った。
ああ、千代吉姐さん機嫌が直って来たと鶴松はホッとする。
「鶴松、今度本を持って来ておくれ」
「へぇ」
鶴松は家業は姉夫婦が切り盛りしていて自身は暇なので貸本屋みたいなことをしていた。本だけはたくさんあったからそれを貸したり、たまに近所の子に学問を教えて暇潰しをしていた。
本当はそんなことせずとも生活していける後ろ盾があるのだが千代吉と同じく暇だからしている感じだ。
「鶴松。あんたもお金ある若旦那っていう身分なのに女遊びにも興じずのらりくらりと貸本屋したり寺子屋みたいなことしたり変わった子だねえ」
「ですか?」
「お金があるのに遊ばないなんて野暮だよ。今宵越しの金は持たない。パーッと使うもんさ」
「へえ。でもお金ないと飯も食えないし本も買えないんで」
「嘘だよ」
「へ?」
「金をパーッと使うのはバカのやることさ。金があるから生活出来る。粋だ、野暮だと見栄を張ってオマンマ食えるわけじゃなし。バカばっかりさ」
頬杖をついて千代吉は鶴松を見た。
売られてきた千代吉にはいくら花魁とは言え莫大な借金が課せられている。
まだ千代吉はいい方だろう。下級の遊女や大きな遊郭に所属するのではなく吉原の通りの日陰の小屋にいるような落ちぶれて行った遊女になるともう救いようがない。
死ぬまで吉原からは出られない。借金を返せることもなく、客もつかなくなり食べるのにも困って死んでいくのである。
「男なんてバカばっかりさ。鶴松も男になるのかねえ?」
「僕男ですよ?」
「そういう意味じゃぁないよ」
千代吉は笑う。
「いつか鶴松が吉原に来た時はあたしを買いな」
「えー?千代吉姐さんをー?」
「そうよ。男にしてあげよ」
「無理だよー。だって千代吉姐さんお金高いって聞くもん」
「いいよ、旦那にはあたしから言って安くしてあげる。鶴松なら旦那も嫌とは言うまい」
「えー?でもそのー、姐さんとそういうこと出来ないよー」
「バカだねぇすぐにそういうこと出来るとでも思っているのかい?あたしのような花魁はすぐに体を委(ゆだ)ねたりしないし拒否もするのさ」
千代吉の言うように花魁に会ったからと言って夜のしとねをすぐに出来ることはない。最初は花魁に会うことすらなく、お付きの者に会う位。花魁に出会ってエッチ出来るまでかなりの額を使うことになる。
だから花魁は高嶺の花、遊ぶのにはお金がいるから金持ちしか出来ない遊びなのである。そこが他の遊女と違う。
遊女みたいに指名してすぐエッチとはいかないのである。しかも花魁の気持ち次第でお金をもらっているのに会うのを拒否したり、エッチを拒否したりという権限も与えられていた。
花魁という地位だからこそそれが許される。
そしてお金を貢ぐ男たちの「俺はそんなので怒ったりしない」という見栄や底を着かない財力があるから出来る遊びなのである。
「鶴松、その時は私を高く買っておくれ」
「僕お金持ってないよ」
「高く買っておくれ」
「?」
鶴松は分かっていない。
千代吉が言っているのは金のことではない。
自分の気持ち、心意気というものを高く買ってくれと言っていることを。
千代吉なりの鶴松に対する優しさなのだ。
花魁と遊べるはずのない鶴松に対して千代吉がどう思っていたのかは分からない。
好きという感情ではなく、弟のような気持ちだったのかもしれないが女を知る時は一流と世間では思われている私が相手をしようと暗に言っているのである。
花魁が初めての相手、というのは当時の男にしたらステータスになる。
現代で考えれば下世話な話だがその価値が自身にあることを千代吉は知っていて鶴松に私を利用しなさい、と言っていたのかもしれない。
「うーん?まだお金ないからその時はお金持って普通に千代吉姐さんのところに遊びに来る。すごろくしたり、隠し鬼したりして遊ぼう」
「そうね・・・・・」
鶴松の言葉に千代吉は呆れた。
鶴松はもう15歳だから性的なことに興味を持つ年齢に充分なっているはずなのだけれど。
なんでこの子は全く興味が無さそうなんだろう?
千代吉は不思議そうに鶴松を見た。
ただ、頭のいい千代吉はそこで考えた。
「だから私は鶴松を呼ぶんだろうねえ」
「え?」
「ああ、こっちの話よ」
鶴松が男じゃなく、男女の機微のように気を遣ったり変な心持ちになったり駆け引きせずにすむから楽なんだろう。だから私は。
バカにしている男という生き物なのに鶴松だと安心するんだろう。
千代吉はモヤモヤしていた心根がスッとした気がしてまた刻み煙草をキセルに詰めてスーッと紫煙を吸いこんだ。
「鶴松も飲むかい?」
「ううん、いらない」
花魁から手渡しで吸っていたキセルを回し飲みするように言われるということがどういうことなのか鶴松は知らないので簡単に拒否をした。
「あははは。男なら泣いて喜んでこのキセルを受け取るんだけどねえ」
「えー?なんで泣くのー?」
「もういいよ、鶴松。また明日おいで」
「はい」
あたしも傾城(けいせい)の美女と言われる千代吉だ、ねんごろになろうという気持ちを簡単に退けた鶴松に傾国の美女と謂われた妲己(だっき)ですら相手にされないかもねえと千代吉は楽しい気持ちになった。
一体鶴松はどんなのを相手にするんだろう?
鶴松の行動や考えがいつも面白くて千代吉にはそのことだけが生きる楽しみだった。
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