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春駒
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千代吉の所から戻って自分の家に到着すると春駒が家の前で所在無げに座り込んでいた。
「あれ?春ちゃん?」
「どこ行ってたのさ。家にいないからこの炎天下の中待ってたんだよ」
春駒はそういうと大げさに手に持った団扇でバサバサと自分を煽いで見せた。
「えー?なんで?千代吉姐さんのところに使いで行ってたんだ」
「そんなことはいいから家上がっていい?何か飲みたい」
「うん。いいよ」
春駒を座敷に上げ、今朝汲んでいた井戸水を飲ませる。
「ふー。暑かった」
「どうしたの?こんなお天道様高い時間に。仕事はいいの?」
「昼間っから男にふける坊主とか旦那衆なんかいないよ。念仏唱えてるか仕事してらぁ」
春駒はそう言うと座敷に寝っ転がった。
春駒は陰間茶屋で働く少年である。
男に春を今は売っている。
今は、だが。
「茶屋の元締めの旦那に怒られないの?こんなぶらぶらしてて」
「別に気にしないよ」
「そう?」
「そうだよ」
プイっと顔を背けて横を向いて怒っていた。
春駒の勤めている陰間茶屋の客層は近隣、または江戸に用事で来る地方の坊主だったり、旦那衆だったり。今で言う売り専(男性に男性の体を売る)みたいなものだろうか。
だが現在と今とでは違うところがいくつかある。
まず価格設定は逆である。
今現在では女性を買う方が男性を買うよりもはるかに高い。
当時の陰間は花魁などの高級遊女は別だが遊女を買うよりも高くついた。
吉原ではすぐにエッチ、ということになるが陰間茶屋では名前の通りに飲み食いしてから男の子を買うので高くつくというところもあった。
あとは男色は色の嗜(たしな)みとして高尚(こうしょう)な遊びとして確立していたのでその分余計な付加価値を当時見出されていたのである。
そして現在の売り専と違うのは男性に売れなくなると女性に春を売りだすという所も違うだろうか。
髭が生える年齢位になると女性を相手にするホストクラブのホストみたいになる。
もちろん、現在の売り専でもノンケ(異性愛者)の男性がたくさん働いている。
むしろノンケだらけのお店もある。
何故なら、ゲイの男性の場合男性のタイプというものがあるからタイプではない男性の客がほとんどなわけで、精神的に辛いからである。ノンケはゲイみたいにそういうのがないから割り切って春を売る。
要はゲイに相手にされないゲイの男性の客が大半。と言えばどんな客層か分かるのではないだろうか。当時とは客層も少し違うのである。江戸時代のようにお金持ちだから来るのではない。
今の売り専はゲイに相手にされないから買いに来るという客の方が大半なのである。
女性と違って男性の場合は下半身を勃たせないといけないわけである。
客も勃っていないと気持ち的には嬉しくない。何故勃たない、と怒るのである。
女性では分からないだろうがタイプでもない相手で勃たせるのは難しい。
現代でも女性が買いに来ることもあるようだがそれ程多くはない。
当時の陰間はお金持ちの男性も女性も楽しませるホストクラブみたいなものなのだ。
それらから見れば陰間は売り専とは以(も)って非なるものかもしれない。
「でも茶屋の旦那がこの前みたいに怒鳴り込んで来るの僕やだよ・・・」
「分かってるよ!!涼んだらまたふらふらするから!!」
この前夕刻時に春駒が遊びに来た時茶屋のオヤジが春駒を探しに来て
「客が来てんだ!!てめぇ!!ほっつき歩いて何してやがる!!おマンマ食いてぇなら働かねーか!!」
と怒鳴り込んで来たのである。
鶴松はびっくりして泣きそうになったが、オヤジは鶴松の顔を確認すると
「おおっと、見苦しいところをすいませんねぇ・・・・若旦那、エヘヘヘヘ」
と愛想笑いをしつつ春駒の首根っこを捕まえて引きずって出て行った。
あの時の怒声が思い浮かぶ。そしてあの時の作り笑い。
なんだか僕を金勘定して見定めているような目だった。
なんだか嫌だった。もう会いたくない。
「春ちゃん」
「なんだい?」
「いつまでこの仕事するの?」
「さぁね」
「え?」
「分からねえよ、そんなこと。それよりも甘い物食べたいな。まだ朝飯も食べてないんだ」
「うん」
鶴松は懐からそっと道中で買ってお昼に少し齧って食べようと思っていた大福餅を取り出して春駒に渡すと春駒は急いで食べた。
春駒は朝ご飯を今日は食べさせてもらってないんだな、と鶴松は分かった。
でも。
虐待されているとかいじめられているわけではない。
以前、野乃助が言っていた。
「あいつはただの怠け者だ」
と。
野乃助が言うには春駒は楽する為に陰間茶屋で春を売っているだけで他のやつらとは境遇が違う、という話だった。
他の陰間の少年たちは役者の卵が小屋の旦那に「金も集められないまだヒヨっ子のお前らは春を売れ」と強制されてお金の為、生活の為にしていたり貧乏で売られて来た少年が春を売っていたりするが春駒は違うという。
「春駒は楽してお金が入るからいるんだよ。怠け者なのさ」
「そうなの?」
そういうことには疎(うと)い鶴松がフフンと鼻で笑う野乃助を不思議そうに見上げた時、
「あんまり春駒に関わっちゃあいけないよ。ロクなことにならねぇ」
と鶴松に言い聞かせるように野乃助は言った。
「なんで?」
「やつは他の貧乏な奴みたいに借金があって売られたわけでもない。小屋の旦那にお金の稼げない若衆の役者だから春でも売って来いと言われて来させられている役者というわけでもない。日銭がすぐたくさん入るから春駒はいるのさ。将来奴が売れなくなった時、仲の良い鶴松に迷惑をかけるようになるだろう。あーいうタイプは金を無心して来る。もう春駒も14歳だろう?14歳なら一人前に大人の仕事をしているものさ。でも奴は汗水流して働かず楽な方へと流れてる」
「でも、僕も楽な生き方してるなーって思うよ?」
「鶴松はいいのさ」
「なんで?」
「元から金持ちだからさ。生まれが違う」
「え?」
「人は平等には作られていないのさ。生まれながらに鶴松は愛されているのさ」
「なんかそういう言い方や考え方やだ」
「子供じゃないんだ。世間なんてそんなもんさ」
野乃助は優しく笑ったが。
たった1歳しか違わない野乃助が随分大人に見えた。
「あーぁ、なんか面白いことないかなあ。俺最近売れなくなって来たんだよなぁ。髭とか生えたらもう男の客取るのは無理だから女の客取ることになるんだけどさあ。女の客少ないしケチだから金稼げなくなるなあ」
「春ちゃん」
「うん?」
「ソロバンとか教えるから一緒にやらない?」
「なんで?俺勉強とかしたことないし興味ないよ」
「なんででも!!春ちゃん、お菓子とか食べ物ねだりに来るなら僕と一緒に勉強しなきゃもう家に上げてあげない!!」
「えー!?」
鶴松の優しさだった。
野乃助の言う通りなら。
このまま春駒を堕落させて落ちるところまで落ちるのを見たくなかったからだ。
怠け者だけど友達と思っていたから。
夜になると妙齢のいい大人の陰間落ちした男が暗闇に立って男の客を待っているのを見たことがある。
ああはなって欲しくない。
闇夜に乗じて、顔にお白粉を塗り、髪を髷を作らずに前髪を作って若作りをしてもその頬に刻まれた皺は隠せていなかった。
暗がりの路地でずっと立っている男を見て鶴松はやる瀬ない気持ちになった。
一体いくら稼げるのかは知らないが誰も寄りつこうとしないその夜の暗がりの男に鶴松は目を背けた。
売れなくなって陰間を追い出されたなれの果ての姿なんだろう。
一度その道に入ったらもう戻れないのだろうか。
何故普通の仕事をしようとしないのか。
野乃助に鶴松はその時の話をした時野乃助はこう言った。
「楽だからだよ」
楽ってなんだ。
本人は楽なんだろうか。
見た僕は悲しく思ったけど。
楽って悲しいことなのかな、と春駒を見て鶴松は思った。
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