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籠の中
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美坂野は突如やって来た蓮華王院に対して心の内では苦々しく思いつつも、
「蓮華王院様,今日はどのような用向きで?」
としらじらしく話を振った。
「近くを通ったので寄ったまで。今度の舞台は随分と盛況だそうではないか。美坂野の演技の評判は当院まで子坊主まで知れ渡っておる」
「お陰様で。役者冥利に尽きます」
美坂野は蓮華王院の言葉に嘘偽りはないのは分かっているがどうも上から目線なのが鼻につく。
まだ美坂野が13歳の頃、舞台役者の傍ら、陰間をしている時知り合ったのが蓮華王院である。
美坂野は坊主のことなどは到底興味がないが、蓮華王院は頭巾をかぶりお忍びで美坂野の舞台を身に来る程美坂野に御執心だった。
蓮華王院は芝居小屋の下っ端に金を握らせ美坂野と接触出来るように用立てをしてもらいプライベートでも会うようになったのだが坊主が陰間、役者に心奪われているというのは聞こえがいいものではない。
女色禁止、境内の中で子坊主を相手に男色行為が行われているのは世間的には秘密のこと。
仏教界においては「稚児」「渇食(かつじき)」と呼ばれる未成年の修行僧を性の対象とする行為が見受けられ性交渉をスムーズにする為の指南書も数多く存在していた。
また、天台宗においては「稚児灌頂(ちごかんじょう)」という儀式があり、これを受けた稚児は観世音菩薩の化身として神聖視され信仰の対象として、またそれと交わることは当たり前のことという解釈がなされていたこともある。
内部の者も見知っていたとしても暗黙の了解なのである。
だが、蓮華王院のように公に楽屋を訪ねたり、町民でスーパースターの役者である美坂野に接触するというのは聖職者の蓮華王院からしたら危険な橋を渡っているのである。
寺の内部ならいざ知らず俗世にそれを大っぴらに求めるのはやはり人の噂になる。
蓮華王院は人目を忍び、美坂野に会いに来たりしていた。
美坂野は蓮華王院は元より、寄って来る者は全て自分の外見と身体が目的なのは重々承知していたので相手に合わせて相手の一番好きな人間を演じていた。
蓮華王院は会う度に金子(きんす)を惜しみなく与え、欲しい物があればなんなりと美坂野に買い与えた。今まで貯めて来た財産を切り崩した蓮華王院は誰にも言ってはいないが寺の金にまで手を出していた。
「蓮華王院様お忙しい身分でござんしょう。どうぞ私のことは構わず」
「これ、美坂野。折角会いに来たのになんとせわしなく薄情な」
「いえいえ。会えて嬉しゅうござんすが、蓮華王院様の邪魔にはなりたくないのですよ。こんなところにいる姿を蓮華王院様が見られては」
「何、気にすることはない。見張りの者にもそこにいる者たちにも袖の下を掴ませて他言無用としておる」
このクソ坊主。
隣で正座して美坂野と蓮華王院のやり取りを見ていた鶴松がモジモジしていた。
鶴松は帰りたがっている。
鶴松には美坂野自身のそういった一面を見せたくはなかった。
色香と色気で男と女を利用しようとするもう一つの顔を。
「蓮華王院様。また今度お時間のある時にゆっくり話をしやしょう。舞台の稽古もあるので」
「そうであったか。それは邪魔したな。また今度来るよ」
美坂野のつれない態度に蓮華王院は「私は物分かりのよい美坂野の理解者の一人だから」とつぶやくとウンウンと頷いて楽屋を出て行った。
「おい!!誰だ!!蓮華王院を楽屋に連れて来たのは!!」
蓮華王院が姿を消してしばらくすると美坂野は楽屋の外にいた下っ端たちを怒鳴りつけていた。蜘蛛の子を散らすように皆逃げて行った。
「美坂野兄ちゃんなんでそんなに怒るの?」
「そりゃ大事な鶴松と二人きりの時間を邪魔されたからだよ」
「へー。蓮華王院様も暇なんだねー。あんなに有名な人も兄ちゃんのところに来るなんてすごいねえ」
鶴松が感心するように言った。
蓮華王院は江戸の寺の中でも有名な寺の貫首をしていた。
蓮華王院は若い頃諸国を行脚し、よく修行をして江戸の坊主の中でも高い地位にいる僧侶である。
その僧侶ですら色の道に迷い込み、美坂野恋しさに金を出し人目を避けつつ隠れて会いに来る。
何が名僧か。生臭坊主じゃねえか。
美坂野は散々蓮華王院から貢ぎ物や金、便宜を図ってもらいながら心の中ではいつも悪態を吐いていた。
俺は誰の物でもねえ。
小さい頃からの荒んだ生活は言い寄る人間を踏み台にしか思わない美坂野の傲慢さを育てていた。
「鶴松」
「うん?」
「いつかゆっくり出来る時間が出来たら二人でどっか旅でも出てーなー」
「えー?美坂野兄ちゃん舞台忙しいし人気者だから休めないでしょー?無理だよー」
「そうだな、ハハハハハ」
金はたんまりある。
ガキの頃のように誰かの袖をひいて物乞いをしたり金を無心したり体を差しださなくてもいい生活になったっていうのに。
なんで昔と変わらず鳥箱の鳥のように俺は自由じゃねーんだ。
「あー。全然変わらねえなあ」
「何が?」
「あ?ガキの頃から俺は変われないなあとね」
「うーん?」
「鶴松も変わんねーな」
「そう?僕もう15歳だよ」
「15歳にしちゃ、物の道理も知らない色恋も知らないで来ているじゃねーか」
鶴松の一物をギュッと握って美坂野はニヤニヤ笑った。
「兄ちゃん、何触ってんの!?」
「いいじゃねーか。触る位」
「えー!!」
鶴松が脱兎の如く逃げた。
江戸時代には「いい女」「いい男」がいれば痴漢するもの、という考えで例えば江戸時代に詠まれた川柳から紐解くと祭りの晩にすれ違った好みの女性がいたら尻を撫でたり、女性の方も人ごみの中で尻も撫でられないのは魅力がないからだと思っていたようで、痴漢は好意を示すと共に、性的な魅力を賞賛する意味合いも持っていたようである。
美坂野や鶴松に至っては触られることに慣れていたから一物をぎゅっと握られてもそんなに動じていないが美坂野の好意にはそれでも鶴松は気付かない。
「あ、饅頭ありがとー。これもらってくね」
残りの饅頭を風呂敷に入れて鶴松は駆けて行った。
「あーあ。今日も鶴松行っちまったなあ」
楽屋にゴロンと美坂野は寝転がり、握った鶴松の一物の感触の残る手を胸において美坂野は目をつぶった。
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