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染芳の思い切りの良さ
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染芳は息を吸うと
「ご免!!」
と大声を上げ己の存在を家の中の鶴松に示した。
引き戸が開いて鶴松が出て来た。
「あれ、染芳さんどうしたの?」
「用があってやって来た」
「用って?まぁ上がって上がって」
「すまん」
鶴松の家に上がり染芳は背筋をピンと伸ばして居を正して畳に座った。
「染芳さん、そんなに堅苦しくしなくてもー。どうしたの?あ、ご飯食べた?僕今から夕餉(ゆうげ)なんだけどこっちに食事持って来るから一緒に食べない?」
「家人と食べるのではないのか?」
「ううん、みんなと食べるのは朝だけ。まだお店開いているから奉公の人も家族もバラバラにご飯を食べるんだー。手が空いた人から食べる感じ。だからこっちの家にご飯持って来るー。染芳さんも食べて行って」
染芳は飯を食べていないので腹は減っていたが年下の鶴松に飯を馳走(ちそう)になることに抵抗があった。
武士は食わねど高楊枝(たかようじ)。
武士は貧しくて食事に困る時でも、今食べたとばかりに装ってゆうゆうと楊枝を使う。武士はたとえ貧しくとも清貧を重んじ、気位が高い。またやせがまんする時にもそのように言う。
当時、浪人風情の武士も多数江戸に存在したが下級武士程、武士であることに誇りを持つ者が多かった。
武士であることを誇りに思い、武士である為に何かを成さねばいけないという風潮があったようで、幕府の公共事業などでリーダーシップを発揮し名を馳せた武士たちも多数いるが家柄から見ると大きな家でもなく下級武士だった者たちが多いようである。
染芳自身も例に漏れず、武士が町民に飯をたかるなど!!と思って強く辞退した。
「もう飯は食っているから大丈夫だ」
「えー?ほんとにー?」
「本当だ」
「そう?じゃあご飯こっちに持って来るからちょっと待ってて」
鶴松がお櫃(ひつ)と盆に乗った茶碗や焼き魚、山菜などを煮しめた物を運んで来た。
染芳の口の中に唾液が溢れる。
ごくりと喉仏が鳴るのが染芳自身でも分かった。
お櫃を鶴松が開けるとモワッと湯気が立ち上がった。
そこで染芳の腹の虫がグゥと鳴る。
「染芳さんお腹空いてるんじゃないの?」
「空いていないと言っている」
「もー。頑固だなあー。僕茶碗に飯をよそうから食べる食べないは別にして礼儀として箸少しつける位してくれるよね?これ今朝採って来た山菜と、買った魚。礼儀として箸をつけるものだよねー?お武家さんなんだから分かるよねー?」
鶴松は染芳がお金をあまり持っていないのを知っていた。
まともなものを食べず蕎麦(そば)ばかり食べているのは見知っていた。
蕎麦は安かった。
染芳は口をギュッと固く閉じて口からあふれそうなヨダレを我慢している。
染芳のそういう無骨さ、不器用さは鶴松は嫌いじゃなかった。
人間的に魅力があると思う。
「染芳さんみたいなのが旦那さんだと女の人も幸せなんだろうねー。みんなからは野暮だと言われるけれど」
頑(かたく)な染芳に鶴松はニコッと笑って言う。
染芳は口を開くとヨダレが垂れてしまいそうで何も言わず視線をお櫃から鶴松に向けた。
「僕お腹空いてるから食べるよー」
鶴丸が茶碗を持って箸で飯をかきこむのを見ていたが染芳は意を決して茶碗を手に取り飯を同じようにかきこんだ。
無言で二人、飯を食べる。
町民の食事風景にはスローフードなどという言葉はない。
すぐ飯は出て来るもので、すぐ胃袋に収まるもの。
江戸で蕎麦や寿司が好まれたのも早く作れて早く食べられるからだ。
また、薪などの燃料も高いことから少しの薪で炊き上がる飯は重宝され、薪をあまり使わずに済む調理方法が確立されていった時代でもある。
江戸時代には燃料確保の為に自然破壊が進んでおり、明治時代に保全が推進され出した。屋久島の杉なども燃料とする為に伐採が進んでいた時代でもある。
「御馳走様ー」
「馳走になった」
二人でお茶をぐいっと飲んで一息つく。
「じゃあ染芳さんやることもないでしょー?また明日ねー」
「おい!!俺は飯をねだりに来たわけじゃない!!」
「あれ?違うの!?」
「違う!!鶴松に頼みがあって来たのだ!!」
「頼みって?」
そこで染芳は言うのを躊躇(ちゅうちょ)した。
「何頼みって?」
「・・・・・春画を貸して欲しい」
「え?」
「春画を貸して欲しいと言っているのだ!!」
染芳は顔を真っ赤にして怒ったように言った。
「ど・どうして?」
「野乃助を抱こうと思う!!」
「へ?」
「野乃助に惚れたので抱こうと思う!!」
染芳の真面目くさった赤面した顔に鶴松はおかしくなってケラケラ笑いだした。
鶴松たちの生きた時代は女性の少ない時代であった。
男色も寛容されていた時代に生きているのである。
江戸初期の記録は確かなものはないが、江戸中期において人口の3分の2が男性という記録がある。
これは幕府を開き、江戸の都市機能を整備するために人員を関東近郊から集めたことや、職にあぶれた浪人が仕事を求めて江戸に集まったことが理由とされている。
弘化元年(1844年)の調査では江戸の町人人口約56万人のうち男52%、女48%と男女比1:1に近づいているとされる。
「何がおかしい!?」
「えー?だってー。この前湯屋に行く時に二人に仲良いねって言ったらどこがだっ!!って二人から怒鳴られたのにー。どうして野乃ちゃん抱こうと思ったのが春画を貸してにつながるのー?」
「俺は・・・・・まだその、したことがない。だから春画と貸本にあるだろう?その、褥(しとね)を共にする時の作法書みたいなものが。。。それを貸して欲しい」
前回書いたがエッチの指南書は当時多数あったが行為に及ぶ前の手順などやその日一日どのように過ごすかなど事細かに書かれているものなのである。
男はこっち側に座り、なんちゃらかんちゃら。その時女はなんちゃらかんちゃらとかなり儀式的なのである。
勿論、男色においてもその作法があるのだが、エッチをする時にそこまで頭を回す者は当時も勿論いなかったであろう。そんなことを考えながらエッチしているとは思えない。
エッチをしていて盛り上がっていたらそんな作法なんて考えている場合ではないと思うのであるが、ただそういう指南書が多数残っているということは需要があり、重宝されていたということなのだろう。
染芳は武士の出身で刀や武道、学問は小さき頃より学んで来たがそっちの方面は全く知らないのである。
「俺は金がない。だから鶴松。お金が出来たら渡しに来るから貸してくれないだろうか」
「お金なんかいいよー。本貸すよー。でも野乃ちゃんもその気でいるの?」
「いや、最近話すらしていない」
「ええー?」
鶴松は事の顛末と、思い詰めたような染芳の顔付きに何がどうなっているのかさっぱり事態が分からなかった。
「話もしていないのに、どうやって二人でエッチするの?」
「夜這いをしようと思う」
鶴松はそこでガクッと畳の上で後ろに倒れ込んだ。
染芳は思い詰めると行動に移すタイプなんだろう。
真っすぐなんだけどなんだか。
ずれてる。
鶴松も人のことを言えないのであるが。
「鶴松どうした!?」
「ううん、ちょっと驚いて後ろに倒れ込んでみた」
そう言って鶴松は畳に寝っ転がってお腹を抱えて笑い転げた。
なんだかおかしくて。
笑いが止まらなかった。
お腹の奥がじんわりとあったかくなる。
鶴松はその時それがなんだか分からなかったけれど、染芳と野乃助がそういう仲になることを鶴松にはいいことのように思えて、そして何故か温かい気持ちになるのであった。
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