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夜這う指南
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鶴松は笑い転げ終わった後、乱雑に積み重ねられた本の中から春画や笑本、そして指南書になるであろう本を選び出して行き、染芳に
「はい、これ。うーんと、男同士のこと書いてあるの選んでみたー。読んでみてー」
と屈託の無い笑顔で染芳に渡した。
染芳は受け取って言われるがままにその場で読む。
その内染芳は見る見る真っ赤になり、息も荒く目も血走って来た。
「つ・鶴松はこれらを読んだことはあるのか」
「うん。買う本はよく借りてもらえるようなのを選ぶんだけどその辺りの本人気あるよ。もちろん買う前にざっと読む」
「なんとも思わないのかっ!?」
「何が?」
「お前は欲情しないのか、と聞いている!!」
「うーん?僕は別になんとも思わないよ」
「お前おかしいのではないかっ!?」
鶴松は染芳にそう言われてもなんとも思わなかった。
確かにおかしいんだろう。
興味を持つからみんなその手の本を借りて行くわけだし。
僕は全く興味がない。お金を儲ける為の本だ。自分の趣味の範疇外の本だった。
僕は諸国百物語とか怪談本が好きだった。
江戸時代に百物語が流行したのであるが、諸国百物語は江戸時代にも好評で新諸国百物語なども後ほど刊行される程、怪談のジャンルは人気のジャンルだった。
また、伊勢参りなど女だけでも自由に旅行が出来る時代になったとは言え、それが出来るのはある程度のお金を持っている人間だけであって諸国百物語のような全国のリアリティに富む怪談話は庶民には娯楽としても楽しめる夢が持てる内容だったのだ。
鶴松はそういう行ったことのない土地の話とかが大好きだった。
風来坊、鶴松はそんな男だった。
風と共に来て去ってまた違う土地に行って。
春を報(しら)せ、夏を感じ秋を憂いて冬を嘆く。
そんなことを夢想する男だった。
染芳は目の前の夢見心地の鶴松の顔に呆れた。
「おい、鶴松。今全く違うこと考えて遠くに行っていないか?」
「あ、ごめんなさい。今遠くに行ってた」
「おい・・・・・」
「でも夜這いなんていきなり上級者過ぎない?」
「今は話も出来ないのだから、しょうがない!!」
「どうして話が出来ないの?」
「分からない!!顔を合わせると視線をそらす。ささっとどこかに行く!!」
「どうして追いかけないの?聞いてみないの?」
「それも分からない!!」
「え・・・・・・」
染芳は本当に分からないといった風情でうーむと腕組みをした。
染芳も野乃助もあの天麩羅を食べた晩以来、ぎくしゃくしてしまっていた。
お互いを意識し過ぎてしまっていることを分かっていなかった。
染芳にとっても野乃助にとっても初戀(はつこい)なのである。
お互いを愛(いと)し、愛しと言う心。
字のままであるが(糸と愛おしいを掛けている)お互いが愛し過ぎて悶々(もんもん)としているのである。
「夜這いの指南本みたいなのあったかなあ?ちょっと待ってて探すから」
鶴松は染芳の為にまた大量の本の山にエイヤッ、と飛び込み格闘し出した。
夜這いの風習に関しては、平安時代の妻問い婚の系譜が脈々と受け継がれ実は江戸時代以外にも田舎などでは第二次世界大戦前、もしくは第二次世界大戦後まで行われていたようである。
ここで名前を出していいかためらったが以前、九州大学の比較文化を専攻する院の論文を読んだことがあるが青年宿という、今で言えば町の消防団のようなものが存在しそこには年齢は関係なく未婚の男性が共同生活をしていたというものを読んだことがある(どの地域の青年宿かは伏せます)。
その青年宿では未婚の女性の情報を共有し、夜這いをかけたり男性同士でもあったという当時青年宿にいたご老体から調査した内容を書いていたがそのご老体は少年だった為出兵はしなかったが、第二次世界大戦中もそこにいたという。
妻問い婚の系譜はまだ続いていたということである。
またそれらから推測するに女性を共有するという風習は残っていたということでもあり、男性同士の共同生活や年上の男から性の指南を受ける、大人の男になる通過儀礼のようなものはまだ残っていた地域があるということなのであるが今現在においてはそれらの研究論文は封殺されているのか見ることは出来ない。
女性にも拒む権利はあるのだが、男尊女卑的な解釈をされがちなのでそれらの歴史は都合が悪いのであろう。
ただし、これはその地域に限ったものではなく、全国に夜這いや青年宿のようなものはチラホラとあったようである。
昭和の時代に監修された、夜這いの想い出と称して長野県下伊那地方のご老体たちの手記が残っているが「夜這い前に好きな女に今日行くからと行ったのに女が暗過ぎて分からなかったのか違う男が上にいた」とかいう手記も残っている。
また、夜這いに関する指南本としては鶴松の時代に書かれていたものではないが「男女狂訓 華のあり香」という幕末に発刊された本に事細かに記載されている。
「あー、あったー。これ」
「かたじけない」
染芳は熱心に読んだ。
かなり分厚く読むのに時間がかかりそうなのを見てとった鶴松は
「要約して教えてあげようか?」
と申し出た。
「すまんが、そうしてくれないか?ずっと読んでいると頭がぼーっとしてかなわぬ」
染芳には刺激が強すぎたのだ。
「夜這いの時は着物を着て行けって」
「当たり前だろう!!」
「そうだよねー。あははは」
「着物の帯を敷いてその上を歩けば板敷きの床でも音が立たないからいいよー」
「なるほど。まるで忍者だな・・・・・」
染芳はふざけているのか、と鶴松を見たがどうやら本当にそう書いてあるらしい。
「閨(ねや)に侵入出来たら野乃ちゃんの横に腹ばいになってー様子をうかがってー」
「うむ」
「野乃ちゃんがうつむけに寝ていたら、かかとをそっと持ち上げてー、膝を野乃ちゃんの横腹にあてがってー。寝返りに合わせて仰向けにするんだよー」
「その時点でもう起きるだろう!!」
「だって書いてあるんだもん」
「続けてくれ・・・・」
「仰向けにして股を開かせたらー、ツバを手の平にたっぷり塗ってー、自分の一物にもたくさん塗ってー。それかーツバじゃなくてもー」
「もうよい・・・」
鶴松の平坦な声で指南されていると染芳はなんだか馬鹿らしくなって来た。
「もうよい。兎に角これは借りて行くが。他言は無用ぞ」
「うん。言わない。でもうまくいかないと思うよ?」
「何故、そう思う?」
「ちゃんと話をした方がいいと思う」
「話をしてくれないからこんなことをしているのだ!!」
「違うよ、野乃ちゃんは染芳さんのこと好きなんだよ、きっと」
「それはない!!目も合わせてくれないのだぞ!!」
「恥ずかしいからだよ。染芳さんから話をしないといけないよー」
「そうなのか!?」
懸想(けそう)する二人には分からなくても、鶴松を含む小志乃などの周囲は分かっているのである。
鶴松は小志乃に言われた「野乃助さんも不器用、染芳さんも不器用だから。若さんよろしくね」という言葉を思い出していた。
本当に不器用だなあ、と思うと同時に鶴松はこうも思った。
人を愛するってめんどくさいんだな、と。
まだ誰をも愛したことのない鶴松の幼い感想である。
「そうだ!!今度小志乃さんのところで唄会しようって誘われてるんだけど」
「それがどうしたのだ?」
「野乃ちゃんも染芳さんも来て!!小志乃さんもそうして下さいって」
「なにっ!?」
野乃ちゃんという言葉に反応して染芳はビクっとした。
鶴松には珍しく名案が浮かんだようである。
人の恋路はかようにもめんどくさいのに。
ちゃんとお天道様は見てるのかなあ。
なんだかうまくお膳立てされてるや。
と鶴松は一人(独り)心地で思ったのである。
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