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初戀
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鶴松の住む離れで二人きりにされた染芳と野乃助は無言でお互いを見た。
これから始まることを二人は予感していたが、その口火を切ることが出来ない。
「つ・鶴松め。余計な気を利かせおって」
口火を切ったのは染芳だった。
「そうだな」
そう言って野乃助は椀の汁物を飲んだ。
ごくり、と唾を飲み込んだのを悟られない為だった。
ゆっくりと離れに斜陽が差し込む。
もうしばらくすると暗くなる。
染芳がお膳を端に除(よ)け、染芳の目前に座っている野乃助の傍(かたわ)らに座った。
「何故隣に座る?」
「陽がな、傾いてな。寂しくなったのだ」
町の通りに面した障子から差しこむ橙(だいだい)色の薄ぼんやりした色合いに部屋も染芳も野乃助も染まる。
「今日のこの夕陽は一段と綺麗だな」
「そうだな」
染芳の言葉に野乃助が頷き、目の前にあるお膳を野乃助も端に寄せて障子越しに差し込む夕陽を見ていた。
染芳が膝におかれている野乃助の手を握る。
野乃助は何も言わずそのまま握られていた。
「同じ気持ちでいてくれるのなら、こうしていても良いか」
「だから染芳は野暮だと言うのだ。言わなくてもいい」
野乃助は横に座る染芳の分厚い肩に顔を傾けた。
野乃助は泣いた。
「何故泣くのだ」
「夕陽が目に染みただけだ」
染芳はまだ家のことを知らない。
野乃助は染芳の態度から確信した。
「染芳、俺のそばにいてくれると約束してくれるか?」
「なんだ、いきなり」
「俺のそばにずっと消えて無くならずにそばにいてくれると約束してくれるか?」
「約束する」
野乃助の肩を染芳は抱く。
染芳は頭の中では鶴松から借りた床を共にする時の指南本を何度も反芻していたが、体が勝手に動く。
染芳の顔は野乃助の綺麗な顔を愛しそうに覗き込んでいた。
「何をそんなにジロジロ見る?」
「愛おしい。ずっと見ていたい」
「染芳はどうしたい?」
「野乃助と色を極めたい。だが指南本ではこういう流れではない」
「本なんてどうでもいいよ。したいようにすればよい」
真っすぐ見つめる野乃助の顔を見ていたら勝手に体が動いて目の前の野乃助に顔を近づけてお互いの口を合わせていた。
染芳は己のくちびるとは別の柔らかいくちびるに我を忘れた。
江戸時代はキスではなく「口吸い」と言うが染芳は何度も優しく、時に荒々しく野乃助の口と舌を求めた。
「染芳、苦しい」
「す・すまぬ」
いつの間にか二人、倒れ込んでお互いの口を貪っていたが染芳が野乃助の上になり押さえつけていたので下の野乃助が苦しそうにしていた。
我に戻った染芳が優しく包むように野乃助の体に倒れ込む。
腕を野乃助の背中に回し抱き締めた。
「何故俺に惚れた」
「お前は何故俺に惚れたのだ」
お互いに理由を問う。
「分からぬ。ただ欲したのだ。野乃助はどうだ?」
「分からない。ただ染芳が欲しくなった」
野乃助は陰間上がりだったのでそういう機会は腐る程あった。
ただ、野乃助がここまで誰かを欲するのは初めてのことだった。
これが初戀。
野乃助は漠然とそれに気付いていた。
ただ、初めての色恋の行為に染芳はただがむしゃらでそれに頭が巡ることもなく。
「染芳、暗くなる、行燈を」
「うむ」
部屋は翳(かげ)りゆく。
油行燈に火を灯し、染芳は野乃助の着物を脱がす。
真っ白な肌が行燈のたゆたうおぼろげな光の中で浮かび上がる。
染芳はその体をさすり、息を吸い込む。
仄(ほの)かなお白粉の匂いがする。
いい香りがした。
下になっている野乃助も染芳の着物を脱がせた。
野乃助とは違う褐色の鍛え上げられた肉体が出る。
野乃助にはないむせるような男の色香が部屋を満たした。
野乃助は抱きすくめられて首筋を舐められ、口を吸われ染芳と上になり下になりを繰り返しながらどれ位そうしていただろう。
チリチリと行燈の芯が燃え尽きるような音を立てていた。
「染芳、油が切れる」
「困ったな。光がなくては野乃助の裸をじっくり見られないではないか」
「そこなのか」
「お前は違うのか?」
「まぁ、同じだが」
そしてまた愛おしそうに抱き合った。
だが暗闇になっては折角二人が求めていた世界が壊れてしまうと、全裸で二人行燈の油の予備はないかと鶴松の部屋を探した。
「染芳、ここに油がある」
「おぉ」
野乃助が油の入った瓶を染芳に渡す。
渡された染芳はじっとその瓶を眺めていた。
「どうした、染芳」
「うむ。指南本には野乃助の穴に己の一物を差しこむ時の作法もあったがこれでやれるのではないかと思ってな」
染芳が真面目くさって言うのを野乃助は困ったように笑った。
「染芳はいきなりそこまでしたいのか?ネコにも準備というものがあるのだ」
「そうなのか」
「今度しよう。染芳がそれを望むのなら」
「うむ。今は抱き合って野乃助の裸を触ったり舐めたりじっくり見られたらよい」
真面目な顔で言う染芳に野乃助は
「お前は本当に野暮だ」
と言った。
「野暮なのか?」
「ああ、野暮だ。言葉にしなくてもよい。言わずにこうすればよいのだ」
そう言って野乃助は染芳に腕を絡ませて口を合わせた。
「あっ!!」
「あぁ・・・・」
そこで行燈の灯し火は消えた。
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