アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
同業同士
-
美坂野は寝ずに朝を迎えた。
傍(かたわ)らには鶴松。
鶴松は口を半開きにして寝ていた。
美坂野の頬は緩(ゆる)む。
一晩中、抱っこをするようにして朝を迎えた美坂野は外に人の気配を感じ、そっと鶴松から体を離すと戸のそばにそろりと歩いて外の様子を窺(うかが)った。
「野乃助だ」
外の野乃助が小さく声をかけた。
美坂野は何も言わず戸の音を立てないように開けた。
「鶴松は?」
「寝ている」
「迎えに来た」
「そうか」
二人で小声で話をした。
「お前は染芳と・・・・・」
「鶴松がお膳立てをしてくれた」
そう言って野乃助は恥ずかしそうに笑った。
昔の野乃助なら。
こんな笑顔は出せなかった。
二人共同時期に陰間として働いていたからよく知っていた。
あの頃の野乃助はもっと深い暗い目の色をしていた。
きっと俺も同じだったんだろうが。
「染芳は?」
「まだ鶴松の家で寝ている。鶴松を連れて行く」
野乃助は美坂野が起きているだろうことも知っていたし、鶴松とは何もなく起きて過ごしているだろうと確信していた。
野乃助も美坂野のことをよく知っていた。
美坂野は大事な物や者には手を出さない。
一番好きな物は最後まで残してからゆっくり味わって食べる。
好きな人間には手を上げない、好きな大切な人間にはそういう雰囲気にならなければ手を出せない人間だ。鶴松を小さい頃から好きなのは知っていた。だが、他の人間のように鶴松には手を出さなかった。
べらんめぇ口調で我が強い美坂野だが心の底はそんな男だ。
野乃助はそれが分かっているだけに美坂野は可哀想なやつだ、と思った。
「鶴松の店の人間が起きて鶴松を朝餉(あさげ)に呼びに来るだろう。その前に連れて行かねば」
「分かっている」
「美坂野。鶴松の店の旦那が鶴松の嫁取りに隣町の大店の娘と婚姻を交わそうとしている噂は知っているな?」
「知っている」
「そうか」
美坂野はチラッと顔を横に向けて背後の鶴松を見た。
野乃助はその美坂野の表情を見る。
恋なんて捨てる程転がっている時代だ。
掃(は)いて捨てる程ある恋を拾って、また捨てて。
恋なんて簡単に出来る時代。
結婚は家同士、利害関係のある結婚をして子を成す。
恋と婚姻は別物の時代だった。
それなのに美坂野はなんでこんな切ない顔をするようになった。
ただの浮つく心なんだろう?
俺もお前も。
陰間としてたくさん男たちに抱かれて来たじゃないか。
言葉には出さなかったが野乃助は自嘲気味に自分たちのことを思った。
でもな、美坂野。
きっと俺も美坂野と同じなんだろう。
これが今生(こんじょう)唯一の恋と思ってしまっているからなんだろう?
「美坂野」
「分かってる。連れてけ」
美坂野はあまり乱れてない髪を撫でつけてその場でこざっぱりした着物に着替えるとフラフラと通りを歩き出した。
「どこへ行く?」
「毎朝神社に参拝に行ってんだよ。行って来るからそれまでに鶴松連れてけ」
「分かった。起こして鶴松に声かけて行かなくていいのか?」
野乃助はそう声をかけたが美坂野は振り返らずに通りを歩いて行った。
野乃助は部屋の中の鶴松を見た。
幸せそうな寝顔で寝ていた。
「お前は周囲の人間の気持ちなどとは違うところで生きているのか?」
野乃助はそう鶴松に尋ねてみたが、スヤスヤと寝息を立てる鶴松には野乃助の言葉は届かなかった。
「鶴松、起きるんだ」
野乃助は鶴松を揺すった。
薄目を鶴松が開けて野乃助を見た。
なんだこれは?
野乃助は鶴松の目の色に驚いた。
目の錯覚だろうが、翡翠(ひすい)の色に見えた。
ビクッとしたが瞬きをした瞬間にいつもの鶴松の目が野乃助を見ていた。
「どうしたの?野乃ちゃん、なんだか顔がこわばってるけど」
「い・いや。迎えに来たよ」
「あー、よく寝たー。美坂野兄ちゃんは?」
「神社に朝の参りに行った。さあ、帰ろう。家族と毎日必ず朝餉を取らないといけないんだろう?」
「あ、うん!!急がなきゃ」
と鶴松は着物の裾(すそ)と襟(えり)を正して髪を手櫛でちょんちょんと撫でつけた。
「鶴松大丈夫だよ、乱れてない」
「そう?大丈夫?」
「うん」
外に出る時は必ず身だしなみを気にする。
江戸の町では男性でも女性でもその身だしなみや清潔感を大事にしていた。
二人で早歩きで通りを歩いている時に野乃助は鶴松に言った。
「鶴松、ありがとう」
「何が?」
「染芳と床を共にした」
「そっかぁ」
短い会話だったが鶴松はなんとなく幸せな気持ちになった。
それなのに野乃助は少し寂しそうな笑顔を出しただけだった。
鶴松には人を恋したことがないのでその野乃助の心の機微には全く気付いていなかった。
目の前の鶴松を愛する美坂野の気持ちを慮(おもんばか)っているのも。
染芳が近い内に家のことを知ることになるだろうことも。
それらが野乃助をも悩ませているのも。
15歳にもなる鶴松が何故かように周囲の人間の気持ちに鈍感なのか、その理由はいずれ野乃助たちも知ることとなる。
野乃助は蝶のようにヒラリヒラリ、フワリフワリと通りを楽しみながら練り歩く鶴松を先に見ていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
21 / 80