アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
始まりの唄
-
頃合いを見て鶴松と美坂野は戻った。
座敷には小志乃と染芳、野乃助が座って茶菓子を前にして座っていた。
泣いていたであろう染芳もいつもの気丈な憮然とした顔付きに戻っていたが、逆に野乃助の方の色白な顔に赤みが増して泣いていましたと言わんばかりだった。
「あ、お菓子ー!!」
「若さん。お菓子を染芳さんと野乃助さんが持って来て下さいましたから食べましょう」
「うん、僕お茶点てるー!!」
風呂敷から茶釜や水の入った筒などを座敷に取り出す。
茶碗も人数分持って来ていたのだろう。
鶴松は手際良く茶器を準備していきながらニコニコしていた。
「おいおい、鶴松。。。。随分本格的だな」
「うん!!だってみんなにおいしいお茶飲んでもらいたいんだー!!」
美坂野は呆れ顔で鶴松に言ったが、額にじんわりと汗をにじませて一生懸命な鶴松の姿が微笑ましかった。
「僕もお菓子持って来てるんだよ!!」
「そうか、鶴松も持って来たんだね」
「うん!!野乃ちゃんたちとは違うお菓子だけど」
鶴松はそう言って風呂敷から饅頭を取り出した。
あの饅頭の刻印は。
美坂野は見覚えがあった。
忘れるわけもない。
初めて鶴松に会った時に飢えに苦しんでいた時に涙しながら食べた饅頭だった。
「鶴松・・・・おめぇ・・・・その饅頭」
「あー?美坂野兄ちゃん覚えてたー?あの時美坂野兄ちゃん泣いたからね、僕何か悪いことしたかなーって。もうみんなに会えなくなるから謝ろうと思ってたんだー」
「!?」
鶴松の言葉に全員が驚く。
「会えなくなるってどういうことです、若さん?」
小志乃が驚いて尋ねた。
「うん、僕ね。結婚するんだって。隣町のお店の人ー。でね、僕家から出られなくなっちゃうんだって。家から外には出られなくなるからね、って。だからね、みんなにお茶飲んで欲しいんだー。後ね、美坂野兄ちゃんにね、初めて会った時ね泣かせたからね、だからね、謝りたかったんだー。僕饅頭渡したけど美坂野兄ちゃんに謝りたくてー。美坂野兄ちゃん覚えてないかもだけどー。でもこの饅頭持って来て謝りたかったんだー」
鶴松は饅頭を和紙の上に人数分を乗せて差し出しながら茶の準備をする。
鶴松はニコニコ笑いながら話す。
美坂野は涙がこぼれた。
覚えていたのか。
「どういうことだ!?結婚とは!?家から出られなくなる!?なんだそれは!?結婚しても会えるだろう!!」
染芳が大声で問う。
「うーん?でもね、父様と母様が夜にお話してたの聞いたよ?隣町の家にお婿さんに行ってー、僕そこのお座敷の一つで暮らすんだけど、一生出されないって。母様は泣いていたけどー、父様が両家の為だって言ってたー。僕、家の為になれるんだよね?その家も幸福になるんだってー」
その言葉に小志乃は卒倒しそうになっていた。
野乃助は座ったまま倒れそうになっていた小志乃を抱き止めた。
染芳は口を開いて鶴松を見ていた。
美坂野は涙を流しながら驚愕していた。
その場にいた全員が理解したのである。
この内容は。
人柱。
鶴松は。
人身御供として生き神様として奉られるということなのではないか。
美坂野は饅頭のことと、今初めて知った内容に涙をボロボロ流しながら鶴松に詰め寄った。
「鶴松、てめぇなんでニコニコしてやがるっ!!」
「うーん?みんなの顔見られなくなる前にこうやって唄会出来て楽しくて良かったなーって」
「悲しくないのかっ!!」
「うん、悲しいよ?」
「じゃあ何故悲しまないで笑ってやがるっ!!」
そこで鶴松はあどけない表情でこう言った。
「だって。みんなといると楽しいんだもん」
そしてまた茶器に向かって必死に準備をしていた。
全員がその鶴松の様子に愕然(がくぜん)とした。
健気さと悲しさに涙していた。
鶴松は分かっているのだろうか?
それは人としてではなく神の婚姻。
人であることを辞めろ、ということなんだ。
「僕ね、みんなと違うんでしょう?小さい頃から母様にも父様にも姉様にも言われてたから分かるよ?だからね、みんなと違うところで生活しなきゃいけないんだって。そうなんでしょう?」
美坂野は鶴松の言葉に吠えた。
「違う!!」
鶴松は美坂野の涙の混じる大声にビクッとしながら涙目になった。
「でも、でも。奉公の人も、家の人も。みんなそう言うよ?」
「違う!!」
「若様は人の子です。愛くるしい、私たちと同じです」
途中で目覚めた小志乃も美坂野の言葉につないで言葉を添えた。
「うーん?僕ね。唄、今決まった。美坂野兄ちゃんとのこと唄う。ごめんなさい、って。あの時饅頭を渡した時泣かせてごめんなさい、って。ごめんね、僕みんなと違うらしいからなんで美坂野兄ちゃんが泣いたのか分からないんだ。ごめんね」
違う。
違う。
違う!!
美坂野は心の中で渦巻く感情に押し潰れそうだった。
なんで鶴松が人柱にならなければいけない!!
それは死ねということではないか!!
大店の子息の鶴松が何故そんなことをしなければいけない!!
その時野乃助がハッとした顔でこう言った。
「相手方の隣町の大店は。。。。。神様憑きと噂のある家なのではないか?娘がずっと家の一部屋に閉じ込められているという噂の」
「なんで鶴松がそんなところに婿に行かなければいけねぇんだ!!」
ジッとしていられず泣き叫びながら慟哭する美坂野を染芳が押さえていた。
「落ち着くのだ、美坂野!!」
「僕もその女の人も同じなんだってー。でね、二つの家でね、それを一緒にってー。まとめよーって」
「ま・まとめよう・・・・?」
「うん、まとめてね。二つの家に幸せをもたらせてね、変なことが起こらないようにしよーって決めたからね?僕がね、すごく役に立つことになるからね?って」
それは。
呪術ではないのか。
昔話には犬神憑きやら狐憑きやらの家というのが昔語りにあったり、水害を鎮める為に人柱を生贄として捧げたりというのは聞いたことがあるだろう。
鶴松は一人息子でありながら。
家族にそうされることを望まれたのである。
全員が理解したのである。
鶴松は。
この世からあの世の橋渡しに使われるのだと。
小志乃はその場にワッと泣き伏した。
「ど・どうしたの?小志乃さん?」
「鶴松!!どうして早く言わない!!」
「え?野乃ちゃん、それはね。誰にも言っちゃいけません、って言われたから。ってあ、言っちゃった」
エヘヘヘヘと鶴松は笑った。
「だからね、みんなと会えなくなる前に僕、美坂野兄ちゃんと初めて会った時のことやみんなとの初めてのこと唄う。楽しかったんだー」
そう言ってニコニコしながらお茶を点て始めた鶴松の目には。
涙が浮かんでいた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
27 / 80