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鬼
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小志乃の家で酒宴をした後、それぞれの帰路に着く。
「ではまた明日」
野乃助と染芳は同じ長屋へ。
鶴松と美坂野は同じ方向のそれぞれの家へ。
野乃助と染芳は闇が濃くなった道を小志乃から借りた提灯の明かりを頼りに道を進んだ。
「野乃助、蛍だ」
水路に舞う淡い光が乱舞していた。
「綺麗だな」
「野乃助、少し寄り道しよう」
道を外れて蛍の光の乱舞する方へと進んだ。
頭上には月。地上には蛍。
水路のそばの木立の中で二人はどちらともなく抱き合った。
「野乃助」
染芳が顔を両手で挟んで頬を寄せる。
真っすぐと野乃助を見る目に野乃助は切なくなる。
胸がきゅっと締め付けられるような感覚。
「似合わねえな。武家様がそんな顔してらぁ」
「もう武士ではない」
「そうだったな」
その言葉に野乃助はふっ、と悲しそうな顔をしたので。
染芳は口を合わせた。
悪くはない。
町人として生きるのもこうしていられるのなら悪くはない。
そのまま着物の裾を割り、野乃助の太ももを撫で、胸を撫で、尻を撫で、無骨ながっしりとした手で出来るだけ優しく野乃助の体を愛撫する。
提灯は地面に置いていた。
二人の周囲を蛍が舞う。
木に寄りかかって二人でお互いの手で愛撫し、口を求める。
静けさの中に響くのは野乃助と染芳の吐息だけであった。
長屋に帰ってもお互いを求め合うことは出来る。
ただ夜の静けさは近所の長屋に二人の愛が筒抜けになる。
外でコソコソと愛を交わし合うのが当たり前の時代。
着物はすぐに脱げる。
裾を割ればすぐに立ち上がった一物が姿を現す。
着物とは体を求めやすくする為に出来たのではないかとすら思う。
野乃助を立たせたまま、片足を上げさせて自分の一物で野乃助を貫きつつ、目の前であえぐ野乃助の綺麗な顔を見つめながら思った。
その頃。
美坂野は鶴松の持つ提灯に先導されながら歩く。
「鶴松、俺ん家に泊まってかねーか?」
「うーん?」
「俺の家に先に到着するが一人で帰るのは危ねぇよ。俺ん家に泊まれ」
「大丈夫だよー。僕かけっこは早いんだから。襲われても走って逃げられる」
「鶴松のかけっこなんざ、俺でもすぐ追いつけらあ」
「じゃあ家まで追いかけっこしよう!!」
鶴松はそう言うと脱兎の如く走り出した。
美坂野は裾を持ち上げて走りやすいように結び、腕まくりをするとツバを両の手にペッと吐くと
「負けねえってーの」
と本気で鶴松を追いかけた。
みるみる距離が縮まり、ガシッと鶴松は背後から美坂野に捕まりはがいじめにされる。
「ほら、鶴松。すぐつかまっちまうじゃねーか」
「提灯持ってるからだよー!!」
鶴松は捕まってジタバタともがく。
「そんな言い訳しても駄目だ。危ねえんだから泊まってけ」
「いいよ。離れにいないと分かったら父様と母様が心配する」
「そんなわけあるか」
「え?」
鶴松が素の顔になる。
そんなわけあるか。
実の息子を売ろうとしてんだぞ。
お前は俺と一緒だ。
売られようとしてんだ。
ただ、一つだけ違うのは。
俺はもう年季が明けて、自分に課せられた借金を返せた。自由の身だ。
でもお前は違う。
鶴松は金で取引されて売られるんじゃない。
鶴松自体を未来永劫この世からあの世へと送り込もうとしているんだぞ。
お前は死ぬまでずっと魑魅魍魎や地獄の沙汰に売られたまんまなんだぞ。
人間として生きるのを辞めさせようとしてるんだぞ。
美坂野はぎゅっ、と鶴松を背後から抱きしめた。
「どうしたの?美坂野兄ちゃん」
「心配すんな、鶴松」
「うん?」
「俺が鶴松をどうかしようとしてるやつらを地獄に叩き落してやる」
「え?」
「鶴松の為に鬼にもなってやろう」
鶴松にあの時生かされて今の自分がある。
今度は俺がお前を人間として生かせるようにしてやろう。
その為には。
千代吉だ。
まずはあいつに会わないといけねぇ。
初めて千代吉に会った夜のことを美坂野は思い出していた。
吉原で千代吉に初めて会った時。
買われたクソ爺に俺が嬲(なぶ)られている姿を座敷で千代吉は目の当たりにしながら。
生娘の禿(かむろ)だったあいつは。
全く動じもせず俺を見てニィと笑うと。
姿を消した。
「火事だ!!」
と下の階で大声が聞こえ座敷の遊女や糞爺が混乱して逃げ惑う中、あいつは。
千代吉は。
座敷にいつの間にか現れて混乱する人の中、平然と立っていた。
そこだけ空気が違う。鮮明に覚えている。
這いつくばって痛めつけられて動けない俺に、剥ぎ取られて棄てられていた俺の着物を拾い、バサッと裸の俺に着物をかぶせて千代吉は不敵に笑った。
ゾッとする程綺麗だった。
結局ボヤだったみたいだがあの火事騒ぎは千代吉に違いない。
俺を助ける為にボヤ騒ぎを起こしたんだろう。
だが江戸の火事は大罪だ。死刑である。
それを千代吉が知らないわけがない。
それを知りながらボヤを起こし俺を助けたのだろう。
その後は興(きょう)が殺(そ)がれたと言って糞爺に解放されたが。
運よく、千代吉の仕業とはばれなかったがばれたらどうするつもりだったのか。
その日のことを随分後に千代吉に聞いたことがある。
「なんのことだい?」
「お前覚えてんだろう?」
「さぁね。そんなこと忘れちまったさ」
「てめぇ、俺を助けたつもりでいい気になるなよ」
「はん?何を勘違いしているんだい?」
「なんだと?」
「あたしは自分の好きなようにしただけさ。あんたが野たれ死のうと生きようと興味ないよ。目の前で繰り広げられる光景があたしの目に映るのが嫌だったからだろうさ。誰の為でもないよ。あたしの為さ!!美坂野、あたしは菩薩じゃないよ。あたしら花魁を菩薩なんて言う腑抜(ふぬ)け共がいるけど、よっく聞きな」
「なんだ?」
「誰が菩薩か。鬼に決まってんだろう」
美坂野はその時の千代吉の凄味にゾッとした。
表面ではたおやかに笑い、裏には鬼の顔。
「あんたも同じだろうさ」
千代吉は俺にそう言った。
「あんたもあたしと同じ地獄行きさ。鬼なのさ」
と笑って千代吉は言ったが。
そうだとするなら。
同じ地獄行きってことで、そのよしみでてめぇの力と頭脳を借りさせてもらうぜと美坂野は腕の中にいる鶴松を抱きしめながら思っていた。
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