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千代吉との対面
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吉原の大門が開く早朝6時頃。
大門そばの路上には鶴松、美坂野、染芳、野乃助がいた。
門から吐き出されていく泊まりの客と出て行く男たちを見る役人。
「いい御身分の旦那衆だな」
「そうだね。これに紛れて行くつもりなかのか。小志乃さんは」
腕組みして見ている染芳と野乃助が話をしていた時、肩に籠を下げて野菜を運ぶ頬かむりをして煤(すす)で顔が黒い農夫が染芳たちに近づいて来た。
「うん?なに!?」
美坂野の驚いた声にその農夫が小声で言う。
「お静かに。ばれてしまいます」
小志乃だった。
「どうしたのー?その格好はー!?」
「若さんお声を小さく。今から吉原に入る行商人として、男として入ります。竈(かまど)の煤(すす)で眉と顔を浅黒くして化粧っ気のない顔に染物の染料でも塗ったらばれませんでしょう?」
鶴松が目を丸くしている。
野乃助は小志乃の着ている服を凝視する。
「その男物の薄汚れた着物はどうやって・・・・」
「その辺りを歩いていた商人の男に旦那の形見の着物をやるからその服と籠と野菜を私におくれと言ったら喜んで売って下さいました」
そう言って小志乃は朗(ほが)らかに笑った。
「よいのか!?それは大切な物だったのではないか!?」
「構いませぬ」
染芳の言葉に迷いなく小志乃は答えた。
「さぁ、今ですわ。吉原泊まりの男たちが出て行くところで役人も手薄。急ぎましょう」
と小志乃たちは吉原の大門をくぐろうとする。
「おお、鶴松。今朝も呼ばれたのかい?」
「うーん!!」
毎朝千代吉に用事で呼び出しを食らっている鶴松は顔なじみということもあり、大門のところの役人たちに鶴松たちはスルーされた。
まさか朝早くから女が一人吉原に入って行くとは誰も思わない。
行商人にいつも通る鶴松、それにお白粉売りの野乃助と、吉原にもよく来る美坂野という顔なじみがいたのが功を奏した。
千代吉のいる仙吉楼に到着する。
仙吉楼に到着するとそこで働く下男や禿(かむろ)たちが何事か、と応対に出て来た。
「すまない、旦那には内緒で千代吉に大事な用件があるとだけ伝えて来て欲しい」
と下男たちに美坂野は金を握らせて下男を走りに行かせた。
「今、千代吉姐さん客を見送った後なので少しだけお待ち下さいとのことです」
10分後。
2階の千代吉の部屋へと入る。
「鶴松しか呼んではいないけどねえ。揃(そろ)いも揃ってなんだい?」
気だるそうにキセルをくゆらせながら千代吉は眠そうに言う。
「鶴松が結婚をするのをお前は知っているな?」
美坂野が千代吉を睨む。
「ああ?それがどうした?あとそこの男。なんだい、そんな野菜なんかまで持ち込んで。お前さんの来るようなとこじゃないよ」
と千代吉はその煤汚れた男を見て嫌そうに答えた。
小志乃は頬かむりをスルリとほどき、その下にあるたっぷりとした結われた女髪を見せ、顔に塗られた煤や染料を布で落とす。
「無礼をお許しください。あたしは○○町で長唄の師匠をしている小志乃と申します。お目通りしたく、このような格好で吉原の役人の目をかいくぐりました」
千代吉は驚いてキセルを手から落としそうになりながら目の前で畳に手をついて頭を下げる小志乃を見ていた。
「ああ、あなたが小志乃さんですか。鶴松の話の中に出て来るからよっく知ってる。確か武家の。旦那亡くしてるんだった・・・・でしたね?」
「ええ」
「独り身はきつうござんせんか?」
「私は一人ではござんせん。かように回りに頼もしい方たちがおられる故(ゆえ)」
と畳に手をついたまま顔を上げた小志乃が周囲の美坂野たちを見る。
「そのように、手をおつきにならず顔を上げて下さいまし。綺麗な顔をしていらっしゃる。うちのところの旦那なら80両は小志乃さんの為に身売代を提示するねえ。吉原では売れるよ」
当時、吉原に売られる遊女は娘であったり夫の窮地を救う為に吉原に身を落とす妻などもいた。
何も知らない生娘(きむすめ)が50両とするなら、妻の方が80両と相場は妻の方が高い傾向にあった。
仕事内容がそういう仕事なのである程度慣れているのが好ましかったからではないかと思われる。
「てめぇ、何スカウト話してやがる!!」
美坂野が事の成り行きを見ていたが千代吉に噛みついた。
「はぁー。朝からうるさい男だね。冗談に決まっているじゃないか。野暮助が。鶴松、ちょっと用事を頼まれてくれるかい?薬問屋に行ってあたしから頼まれている物を、と言って取って来てくれるかい?急ぎでなくていい。これはお金とあんたの駄賃だ。饅頭でも買って来な」
「うん!!」
鶴松が喜んで飛び出して行った。
一同が鶴松が部屋から出て行くのを見送った。
出て行った襖を見ながら染芳は言う。
「何故、鶴松に席を外(はず)させたのですか?」
「あんたは染芳さんだね?あんたもよく鶴松から話は聞いている。鶴松はここにいない方が話がうまくいく気がしたからさ」
千代吉はプカリと煙草を呑み、フーッと吐き出すと全員を睨(ね)め付けた。
「朝からなんだい、雁首(がんくび)揃えて。花魁のあたしの部屋になだれこんで来るなんざ。用件によっちゃあんたたち叩き出すよ」
一瞬にして和やかに近い雰囲気だったものが一変した。
部屋の主の千代吉の迫力で部屋が満たされる。
「おめぇの力が借りたい」
美坂野が口火を切った。
昨夜の鶴松からの話を千代吉に聞かせる。
「てめぇは知ってたんじゃないのか?」
「あたしはそこまで詳しくは知らないよ。噂に聞いてただけだ。鶴松は神様憑きの家なんじゃないか、って思っただけさ」
「あの鈴はなんだ?てめぇ、どんな呪(まじな)いしやがった」
「呪い?はん!!あたしの鶴松に対する気持ちを汚(けが)らわしいみたいな物言いをおしでないよ!!」
美坂野と千代吉が睨み合う。
その場にいる誰も二人の間に入ることが出来なかった。
「あたしは鶴松に幸せになって欲しいと思ってただ鈴をつけただけさ。それ以上何もないよ!!」
「あれになんの意味がある!?」
「あ?あんたになんで話さなきゃいけないのさ!!」
「千代吉姐さん、美坂野。もうそれ位で。鶴松が結婚を回避する方法は何かないか御相談したくてここに来ているのですから」
野乃助が二人の間に割って入る。
「あたし一人では何も出来ないけれど市井(しせい)にいるあんたたちもいるなら、鶴松をどうにかしてやることも出来るかもしれないね」
「千代吉様。その方法とは?」
「小志乃さん、鶴松を神様にすんだよ」
「てめぇ、何言ってやがる!!それを辞めさせる為に来てんだろうが!!」
「黙りゃ!!美坂野!!最後までお聞き!!」
するどい千代吉の言葉に何事かと禿(かむろ)が驚いた顔で襖のところに現れた。
千代吉は禿を「なんでもないから襖を閉じて誰も近付けるんじゃない」、と言付けして出て行かせた。
「鶴松が神様憑きの家に婿に入りそうって言うんなら。鶴松をもっと神様にすりゃいいのさ。二つの家しか知らない事情があるんなら。それよりも強い神様に祀(まつ)り上げればいいじゃないか」
千代吉はそう言うとニィと笑った。
その場の誰もその意味が分からなかったが。
千代吉の迫力に誰も言葉が出なかった。
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