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流行(はや)り神
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蓮華王院が仏門を去ったという噂は江戸の町に広まっていた。
「蓮華王院が寺を去ったらしい」
「美坂野恋しや愛しやでとうとう破門されたらしい」
「美坂野じゃあ坊主も狂うか」
などと町民の噂好きに火を付けた。
美坂野にはダメージはなかった。
ダメージどころか美坂野の株はさらに上がる。
坊主さえも惑わせる容姿と演技とさらにもてはやされた。
当の美坂野本人は。
「これでもう蓮華王院はお終(しめ)ぇーだ」
と最近付きまとって来ていた蓮華王院もこれで来ることはないだろうとホッとしていた。
後に蓮華王院は寺の金にも手を出していたことがバレて身ぐるみを全て剥がされて叩き出されたと聞いている。
蓮華王院との付き合いは金だけで成り立っていた。
金が無ければもう用はねぇ。
美坂野はそう思っていた。
鶴松以外は。
美坂野はある持論を持っていた。
金は誰も裏切らねえ。努力しても鼻の高さや身長は伸ばせなくても。
金は頑張れば誰でも貯められる。
コツコツ働けばそれに見合った対価の金が入って来る。
金さえあれば。
ある程度のことは出来る。
それは貧乏だった頃に覚えた教訓だった。
「美坂野兄ちゃん、蓮華王院様どこ行ったんだろう・・・・」
遊びに来ていた鶴松が心配そうにつぶやく。
「さぁな。もう江戸の町去ったんじゃねーか」
興味がない奴の名前が鶴松の口から出るのは面白くない。
蓮華王院の噂と同じく江戸の町の夜は異界へと突入していた。
噂はどんどん広まる。
そろそろ、次の段階に行かねぇと。
蓮華王院を罰した連中が祈祷だの、なんだのと横やり入れて来やがるだろう。幕府の連中が騒動を収める為に出張(でば)って来る前に自分たちが起こした騒動の始末を付けないといけねぇ。
あいつらのおかげで怪異が止まったとなってはいけないのだ。
鶴松が止めないといけない。
鶴松を功労者として認知させるのだ。
千代吉の計画はこうだ。
「鶴松の家も相手方の家も呪法か何かを昔からしていやがるんだろう?」
「それは分からない」
「美坂野。あんたが知らないだけさ。あたしの住んでた村でもそんな家はあったよ。生きた人間まで使うなんざ慣れてんだよ」
「どうして鶴松なんだ」
「そんなの知るか。それを極秘裏に家同士でまたおっ始めよう、鶴松と相手のところの娘でやろうとしてるんだろう?相手の娘は家から一歩も出て来るところを見たことがないという話によれば、鶴松以上に何かしらの神様憑きなんだろう」
確かに噂には聞いているが誰もその娘の姿は見たことが無い。ただの噂話かもしれない、実際はいないのではないか。
「家で幽閉されてんだろう?それともほんとに生きてるのかねえ?そこに鶴松も閉じ込めるつもりなんだろう?それは外法(げほう)だろう。陰宅(いんたく)じゃないか」
「確かにそうだな」
生きた人間を鶴松の話によれば部屋に閉じ込めて出さずに一生暮らさせるというのは。
墓に眠ると同じ意味。
生きたままそこで二人の人間をずっと囲うというのは尋常ではない。
外法なんだろう。
鶴松の家は一体何をして来たんだ。
千代吉はあの時言った。
「だったら。二つの家の隠されている祀り上げた神様ではなく、全員に知れ渡るようなド派手な神様にしてやろうじゃないさ」
「それにどんな意味がある?」
千代吉はスーッと煙草の煙を吸い込んだ。
「二つの家に手出しをさせないのさ。呪(まじな)いなんてもんは全員に認知されればただの迷い言葉になる。江戸の町人全員に知らしめるのさ。生き神様として町の神様に鶴松を仕立てあげるんだよ」
千代吉は煙草のキセルをカン!!と灰落としに叩きつけた。
「鶴松の家族が何を祀(まつ)っているかは知らないよ。人身御供を欲する外法なんざ、神様じゃないかもしれないねえ。化け物かもしれない。それよりも強力な生き神様にすればいい。家族も、家族が祀り上げている神様も手出しが出来ないようなね。神様は神様で制するのさ。より強い呪(まじな)いを江戸の町全体にかける」
呪いとは。
人の迷う心だ。
その迷いを鶴松に祓(はら)わせる。
「どうすればいい?」
「江戸の町を異界に叩き込むのさ」
そうして。
美坂野たちの行動は行われたのだ。
江戸時代にはたくさんの流行り神が生まれては消えて行った。
福助も流行り神の一つだった。あの頭のでかい侍服を着て手をついているあの福助である。
福助は一説には、七福神の選定にも入っていたという。作られた神なのである。
今現在でも残る流行り神の一つである。福助人形である。
あの頭の大きい福助は何を意味するのか?実在する人物をモチーフにしているという説がある。頭が大きく、身体障害者の人物をモチーフにした姿。
異形の者、また知的障害や身体障害を持っている方を神にする傾向があったということを裏付けるものでもある。
あと教科書などに出て来る有名な流行り神としては「ええじゃないか」信仰だろうか。
その他にも大なり小なりたくさんの呪法、神が生まれた時代でもあった。
その流行り神に鶴松を祀り上げようとしているのである。
「鶴松」
「なーに?」
「おめぇ、夜はみんな怖がって外に出ねぇのは知ってるな」
「うん。でも僕怖くないよ?瓦版では毎日その話ばかりだね。この前は深川の方に幽霊が出たんだって。たくさんいるんだね」
鶴松は楽しそうに言う。
「そうか。鶴松は怖くないのか」
「うん!!見てみたい!!どんなのだろう?物語でしか読んだことない!!絵でしか見たことないから見てみたい!!」
目をキラキラさせて鶴松は身をのりだす。
「分かった。今夜から鶴松、俺たちと一緒に夜の見回りをしようか」
「いいの?忙しくない?」
「いいよ。みんなで見回りして見てやろうじゃあないか」
「うん!!」
鶴松は嬉しそうに返事をした。
あともう少し。
あともう少しで計画がうまくいく。
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