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はないちもんめ
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「花魁、春駒が来てますよ」
「通しとくれ」
千代吉はうたた寝をしていたらしい。
嫌な夢だ。
夢を千代吉は見ていた。
春駒が千代吉の部屋に入って来る。
「春駒、よく来た」
「へぇ」
千代吉は秘密裏に陰間の春駒を動かしていた。
万が一、美坂野たちがばれるようなことがないよう。
夜に活動する陰間、夜鷹(よたか:茶屋などに属せず町に立って春を売る男や女)へ金を流し、彼らにも協力を春駒を通じて要請していたのだ。
光と影の中で言えば影の住人。
彼らが口が軽くても誰も町人は信じないだろう。
それに。
口を割れば加担している自分たちが罪に問われるのだ。
言うまい。
千代吉はそう睨んでいたし事実そうであった。
江戸の町の怪異を起こしている美坂野たちの存在がばれるわけにはいかない。
役人たちの見回りや警戒網にかからないように夜の町の住人たちにも協力を要請しさらなる怪異を起こす役割も担わせた。
「千代吉姐さん、これが鶴松を助けるって仰るけどどうしてこんなことするんで?」
「江戸の町がいずれ」
「いずれなんです?」
「いずれ神様を欲するからさ」
「へ?」
千代吉には分かっていた。
社会が混乱すれば。
人は神を欲する。
宗教を欲することを。
雨が降らなければ雨乞いをする。
病気になれば病気快癒を祈る。
川が氾濫すれば川を鎮める祈祷をする。
家族が死にそうなら神社仏閣に願いよ届けと祈る。
それは今も昔も同じ。
時代は変われど社会情勢が不安定になると。
人の心が不安定になると宗教が台等する。
流行り神が登場するのは必ず、何かしらの不安要素がある時だ。
江戸幕府末期の慶応3年。
王政復古の年、天から神仏のお札が舞い降りると人々は熱狂し、「ええじゃないか、ええじゃないか」のはやし言葉にのって男は女に、女は男に、老女は娘に変装して踊り狂ったという「ええじゃないか」
「ええじゃないか」とは、慶応3年の7月ごろから、翌年の春まで広範な民衆を巻き込んだ特殊な狂乱状態のことだが、この民衆の広範な動きが「ええじゃないか」というはやし言葉で総称されるようになったのは近年で、特に研究者が注目するようになってからのことである。
だからどこの地域でも「ええじゃないか」と言っていたわけではない。
似ていた事象は全て「ええじゃないか」にまとめてしまっている気がする。
大政奉還から王政復古という激動期にこの「ええじゃないか」は流行ったわけだ。
江戸から広島に至る広い地域で、膨大な民衆をその狂乱の渦の中に巻き込んだのだが、その「ええじゃないか」が起こる前年、慶応2年に薩長同盟が出来た。
幕府と薩長同盟の不穏な動きと戦争は起こるわけである。無血開城とよく歴史書には出て来るが実際は江戸城がそうでも全国で戦争は起きていた。
さらには不安定な情勢は全国で一揆なども起こさせる。
日本は混乱していた。
民衆たちも時代に巻き込まれその中で生まれたのが「ええじゃないか」
戦争のなかった江戸時代に大規模な戦争が起き、その時民衆はええじゃないか、と空中に札が飛び、金が飛び、変化して踊り狂ったことになる。
「ええじゃないか」で、降ったお札は伊勢神宮のものだけでなく、種々雑多な神札、神像、仏札、仏像、小判や美女までもが降ったという。
「ええじゃないか」の時、その土地の民衆の踊りが中心で様式はない。
つまり。
明確な作法はなく、ただ似通った事象を全てええじゃないか、としていると取れる。
だが、慶応4年京都で「五箇条の御誓文」が発布されるころにはすでに「ええじゃないか」は幕を閉じている。大政奉還と王政復古の時に全国で起こったこの運動がすぐ消えたということは。
民衆の不安がそのような行為を引き起こし、それが飛び火して全国へ。
流行り神の王道パターンの一つでもあるように思える。
千代吉は神が興る瞬間、そして人々がどのようにして神を求めるか。
そして人はどうなるかというのを知っていた。
私は。
あの村でそれを見た。
「千代吉姐さん?」
ぼうっとしている千代吉に春駒は声をかける。
「春駒そのまま続けておくれ。そろそろ鶴松たちが動く。役人たちと鉢合わせにならないように錯乱工作も頼むよ。鶴松たちが近くにいる時は鈴の音が鳴っているはずだ。役人たちが近くにいたらそっちに行かないように何かしておくれ。鶴松や美坂野たちには内緒だ。夜見世が始まるから帰んな」
「へえ」
部屋に千代吉は一人になった。
綺麗な服を着て。
豪華絢爛な調度品。
買って嬉しい花一匁(はないちもんめ)
「やめな」
負けて悔しい花一匁(はないちもんめ)
「やめて」
隣のおばさんちょいと来ておくれ
「やめて!!」
鬼が怖くて行かれませんよ
「やめてっ!!」
頭の中で唄が響く。
千代吉は突っ伏して泣いた。
千代吉の村は貧乏な村だった。
人買いがやって来ては子供たちを買い漁った。
買って嬉しかったのは人買いだ。安く買えて嬉しいと。
花は遊女、花魁のあたしだ。
負けて悔しいのはあたしを売ったおっ母さんだ。
値切られて悔しかったのだ。
あの子が欲しい。この子は負からん(値切らせない)
その子が欲しい。その子じゃ負からん(その子も値切らせない)
そうやって。
あたしは兄弟姉妹たちの中で誰を売るか。
相談しよう、そうしよう、と。
おっ父さんとおっ母さんが相談してあたしが売られた。
家族が生きる為に。
他の家の人間は人買い、鬼が来たと言ってどこも門戸を締めてあたしたち家族があたしが売るのを好奇の目でそれぞれの家の戸口からこっそり見ていた。
こんな村。
嫌いだ。
あの村は。
飢饉がよくあった。
その度に。
人身御供を。
あたしの友達を。
「千代ちゃん。あたし神様んとこ行くんだ」
「え?」
「あたしん家今年作物が出来なくて。庄屋さんから土地借りてて借金もあるのに。年貢納めれなくて。でもあたし」
「きぬちゃん?」
「千代ちゃんみたいに器量も良くないから。人買いにも売れないって。売れないんだって。だから神様んとこ行けって。5年ぶりに村からあたしを神様に出すって」
「きぬちゃん。どういうこと?」
負けて悔しい花一匁。
白装束を着させられたきぬちゃんは。
沼に体を大人たちに棒で突っつかれて歩かされて。
あたしは。
沼に歩き進んでいくきぬちゃんは。
とうとう肩まで沼が来たところで。
振り返ってあたしの方を見てニコッと笑ってそのまま沈んだ。
きぬちゃんの笑顔が忘れられない。
きぬちゃんの姿の消えた沼の前で大人も子供も。
これでしばらくは豊作になるだろうって。
笑顔だった。
みんな鬼だ。
あの前の晩に。
きぬちゃんを連れ出して村から逃げればよかった。
子供二人で逃げても飢え死んだだけかもしれないけれど。
逃げれば良かった。
「ぉおおおおおお・・・・・・」
突っ伏した千代吉の口から嗚咽が漏れる。
あんなのは嫌だ。
鶴松は人だ。
千代吉は頭の中でいつも流れる唄が鶴松を救えることで止まるような気がしていた。
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