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蠢(うごめ)く
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鶴松は自分の住む離れで縄で縛られ猿轡をされて畳に転がっていた。
「んー!!んー!!」
目の前に立つ父様も母様もほどいてくれようとはしなかった。
毎朝ご飯をみんなと一緒に食べたのも。
離れを与えてくれて好きな事をさせてくれたのも。
大店の息子だからと来る縁談に難色を示して手放そうとしなかったのも。
全て嘘だったのかな。
と鶴松は気付き始めていた。
鶴松の四方を白い和紙を変な形に切った縄と棒で象(かたど)った物で囲っていた。
本で読んだような結界みたいなものだと鶴松は思った。
周囲にいる番頭のお義兄様や姉様、古くからいる使用人数名も離れにいたが誰もいつものように
「若」
「若さん」
と呼んではくれなかった。
全員が違う生き物を見るような目で鶴松を見ていた。
やっぱり僕は他の人とは違うんだろうな。
と鶴松は静かに涙した。
そうされていることに涙したのではなかった。
今までの想い出が、したためて来た日記も全て絵空事だったように思えて悲しかったからだ。
「どうする?もう憑き始めているのではないか?」
「でも今は大人しいですけど」
「それは分からない。騙そうとしているのかもしれない」
絶望して涙を流す鶴松をよそに周囲の家族と使用人は話をしていた。
鶴松の家族が何を怖れているのかは分からない。
ただ。
鶴松の家族、もしくは先祖が何か思い当たる節がありそれを鶴松に結び付けたのではないかと思われる。
鶴松は感情が喜怒哀楽の中の喜、楽ばかりを示すのも疑心暗鬼に拍車をかけてしまったのかもしれない。
実際は泣き、悲しみもしている。
ただ、笑ってばかりの鶴松は近しい家族にはその何かに対しての発露の結果と見てしまったのかもしれない。
夢遊病さえ化け物のせいにされるような時代である。
鶴松は勘違いされていたのかもしれない。
「どうするべきか。このままではいくまい」
父様は。
なんでこんなに僕を。
冷たい目で見る。
母様は何故。
泣きながら僕のことを見てくれない。
姉様もお義兄様も。
どうして僕をいつものように笑って見てくれない。
鶴松は目を閉じる。
なんだか無性に寂しくなった。
美坂野の顔がまず浮かんだ。
花火に行きたい。
美坂野兄ちゃんと花火行きたいなあ。
一緒にお船で花火見たい。
それだけでいい。
鶴松は聞こえて来る家族の言い合う声を遮断するように一生懸命そんなことを考えていた。
その頃。
暗くなり始めた道中を春駒、蓮華王院、野乃助、染芳、小志乃は足早に鶴松の離れへと向かっていた。
「しかしどうして蓮華王院様が小志乃さんのところに?」
急ぎながら染芳が尋ねる。
「死のうとしているところを止められたのよ」
「蓮華王院様仰らずとも」
蓮華王院の言葉をさえぎるように小志乃は言う。
「よいのだ。それに私はもう蓮華王院の院号ははく奪されておる。もうその名前では呼んでくれるな」
「しかし・・・・」
「我は死のうとしたのよ。美坂野に啖呵(たんか)を切られてな」
蓮華王院の話はこうだった。
寺を叩き出された後、蓮華王院は美坂野の元に行くが美坂野は下っ端を盾にして会いもしなかったそうだ。
「お前に付きまとわれては迷惑。もう用はないと言いおった」
美坂野にとってはパトロンの一人。
金の切れ目が縁の切れ目だったが。
蓮華王院にはそうではなかった。
僧職も寺も失っても添(そ)いたいと思ったのだが、蓮華王院はそこで目が覚めた。
「浅はかであった。色に迷って仏道から外れてしまった」
「後悔しているのですか?」
「いや、野乃助よ。我にはそういう業(ごう)があったのであろう。全て身から出たさびよ。美坂野が悪いことではない。逆に美坂野には迷惑をかけたのだな、と我が身を恥じておる」
絶望した蓮華王院は金も無く、帰れる家もなく川原に座り込んで水面を見てふと入水しようとしたと言う。
「もう生きる意味もなくなってしまった。美坂野恋しと生きて来た目的もなくなったと思うてしまってな」
「そこを私がちょうど」
小志乃が話を継いだ。
蓮華王院が水に入って行くのを見た小志乃は慌てて川原へと降りて行き蓮華王院を止めた。
元々、武家の家の出で、家を守る武家の娘として育てられていた小志乃は武道も少なからず手習いとしてしていた。
「離せ、死なせてくれ!!」と暴れる蓮華王院を軽くいなし、足を払い、襟を締めて引きずって這い上がらせた。
食事も取らずにいた蓮華王院の体力が消耗していたのも、女性の小志乃が蓮華王院を引きずり出せた要因だろう。
暗くなりつつあるとは言え、町人には蓮華王院の件は知れ渡っている。
人目をはばかるように蓮華王院を家に連れて帰り、飯を用意して寝床を準備してあげた。
最初は拒んだ蓮華王院も涙を流しながら切々と説教をする小志乃に蓮華王院の頑(かたく)なな心も懐柔(かいじゅう)した。
小志乃は死んだ旦那の家から叩き出され、実家にも帰られず行く場所の無い時期のあった女性だけに蓮華王院の境遇が痛い程分かった。
だから。
まだ死ぬのは早いと伝えたのだ。
小志乃自身の身は棚の高いところに置いて。
ほんとに死にたかったのは私だ。
そのことは小志乃は黙っていた。
「蓮華王院様、しばらく家にいて構わないのです」
「しかし、小志乃殿に迷惑がかかるよって。もう明日には出まする。この恩はお返しせねばなりますまい。何が起こっているのか説明を請(こ)う」
染芳、野乃助、小志乃は顔を見合わせた。
視線を三人合わせながらどうしたものか、とお互いの心の内を読んでいた。
「染芳さん、野乃助さん。助けは多い方が。うまくいきますわ。それに蓮華王院様も話の道理が分かる方。お話してもよろしいでしょうか」
「小志乃さんの判断にお任せします」
「俺もそれに従う」
小志乃の言葉に野乃助と染芳は同意した。
蓮華王院に今までのことを話す。
それによって近くにいた春駒にもその話が入った。
蓮華王院は思案をし、春駒は大きなショックを受けていた。
「鶴松・・・・・すまぬ」
春駒は涙を流した。
何も知らなかったとは言え。無邪気にひどいことを聞いたり言ったりしていたのかもしれない。
前述の「奉公人として雇ってよ」以外に思い当たる節がたくさんあったからだ。
「あい分かった。我も力を貸そう。美坂野への償いもあるが。己の業をここで断ち切るが為。それに小志乃殿への恩の為。この破戒僧も力を貸そうぞ」
「蓮華王院様」
「小志乃殿。もうその名前はありませぬ。我は。。。。。木曽(きそ)と名乗りましょう。その辺りが実家でしたからな」
「さようでございますか。では、木曽殿とお呼び致します。急ぎましょう」
小志乃の言葉に足を早め全員先を急いだ。
手に持った提灯に全員が火を点けた。
夜が訪れる。
百鬼夜行が蠢(うごめ)き出す刻になる。
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