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木曽の言葉
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蓮華王院改め木曽は小志乃の話を聞いて考えていた。
鶴松は何かの儀式の依代(よりしろ)の役目をさせられるのではないか?
鶴松を媒体にして何をしようとしているのだ?
全国を行脚し、山に籠り、修行と鍛錬をして来た木曽は諸国の風習や土着の信仰もたくさん見て来た。
托鉢(たくはつ)の折に諸国を行脚すればその土地土地の人々や信仰を見る。
何かしらの事象に対して祈祷を頼まれることもあった。
今現代の神社や仏閣とは別に、他にもその土地土地の神々がいたのを木曽は見ている。
江戸時代が徳川幕府によって全国統一された時代と簡単に言われる現代ではあるが、藩を置いて監視をさせていたとしても東北地方などや藩の目の届かない地域や農村に関しては未開拓な地域も多数あり風習もある。
宗教に関しても同じでその土地独自で成立する土着信仰があった。
それらが少しずつ統制され、消されていくのは江戸時代にも多少なりはあったが一番大きかったのは明治時代の神仏分離と廃仏毀釈ではないかと推測する。
建武中興十五社(鎌倉幕府滅亡後、武士社会から政権を奪還する天皇中心社会にしようとした後醍醐天皇を中心とする当時の動きを明治時代、それらの動きに尽力した中心人物たちを祭神として社寺を作らせた)などがいい例であると思うが、体制側の神を据え置くことで旧体制の神を弾圧、消滅させていったのである。
簡単に言えば名前も残されず、文献も全て壊され後世に知られることなく無くなった信仰や神がいたということである。
メディアが発達していない時代でさらには江戸の常識が他の土地の常識ではない時代である。様々な風習や信仰があった。
木曽はそれらを見聞きしていたのもあり、鶴松の家のことに関しては他の者たちよりは多少理解していたのである。
この話は我らの管轄外の信仰の話だろう、と。
「蓮華王院様、いえ、木曽殿どういたします?」
野乃助が木曽に尋ねる。
「そうだな。まずは鶴松がどうなっているのか確かめねばなるまい。春駒、鶴松がうめいている声が家から聞こえたのだな?」
「へぇ」
「使用人たちが家に入れないようにしていたのだな?」
「そうです」
木曽は次に小志乃を見た。
「ふむ。あとは1か月後には隣町の大店に婿入りするのだな?」
「若さんがそう言いました」
「ずっと家から出られなくなると?」
「ええ」
何があったかは知らないが。
この江戸の怪異も小志乃たちが起こしているものというのを聞いてその意図を知り、木曽は思案する。
「そろそろ鶴松のところだな。相手の出方次第であろう。まずは鶴松の安否を確認せねばならぬ」
鶴松の家に着くと、夜も更けて来たというのに使用人2人が鶴松の家の前に立っていた。
構わず、鶴松の家の前へと一行は到着する。
先ほど、春駒を押しやった使用人が
「何用か?」
と威嚇した。
「鶴松に用事があってな。会いに来た」
染芳が答える。
「今は取り込み中だ。日を改めろ」
「そうはいかぬ。鶴松に我らは呼ばれておるのだ。鶴松はどうした?」
「帰れと言っておるだろう!!」
屈強な使用人が手を出そうとするのを染芳が防ぎ春駒が使用人の足にしがみつく。
「皆中へ!!」
染芳と春駒にその場を任せて一同は鶴松の家に殴り込む。
全員に鶴松のうめき声がかすかに聞こえていたからだ。
鶴松の家の座敷に入った時。
鶴松は縛られ、猿轡をされ四方を結界のような物で囲まれていた。
その傍らには鶴松の父と母、姉とその旦那。使用人1人と何かしら鶴松の前で文言(もんごん)を唱え印を結ぶ祈祷師らしい者がいた。
その様子を見て一同茫然とし言葉を失くしたが木曽は違った。
「渇(かつ)!!」
と気合いを飛ばすとその場の空気に飲まれた一同も、その場にいた鶴松たちの家族も祈祷師も心を木曽に飲まれた。
「何をしておる?」
静かな木曽の言葉が部屋に響く。
「お・お前らはなんだ!!いきなり家に入り込んで来おって!!」
鶴松の父が対応する。
「我は元蓮華王院の貫主よ。何をしておると言うておる。江戸の町でかような外法をみだりにするなど。大樹公(将軍のこと)のお膝元でこのようなことをしているとは何事か!!」
「蓮華王院様!?」
以前の蓮華王院という院号の頃の面影とは違い、無精髭とやつれた顔立ちからは気がつかれなかったが鋭い眼光は以前のままの木曽だった。
「小志乃殿」
「はい」
「この結界を懐(ふところ)に隠している刀で切りなされ」
木曽は小志乃の懐の脇差に気付いていた。
小志乃は言われた通りに注連縄と鶴松を縛る縄を切りにかかる。
「かような外法を何故営む?何をしようとしているのか」
「言えませぬ。門外不出の秘法。我らが先祖代々伝えて来たものでございます。部外者には関係のないこと」
「この者は何か?」
木曽は祈祷を辞めて成り行きを見ていた祈祷師を上から見下ろす。
木曽の威圧と風格に己が格下と悟ったのであろう、祈祷師はじりじりと正座のまま後ずさりする。
色に迷ったとはいえ江戸の寺社の中では名だたる大僧正だった木曽の威圧にその場の者全員がヘビに睨まれたカエルのように動けずにいた。
色に翻弄された木曽ではあったが仏道には深く、また人間考察も深い。
木曽は一計を案じる。
「最近の江戸の怪異、百鬼夜行は鶴松に魅かれて来る物の怪たちであろう。お主らが余計なことをするからどんどん江戸の町に跋扈(ばっこ)し始めておる。鶴松を求め、そしてその外法によって呼び出されし魔物よ。江戸の町に化け物たちが入り込んで来ておるのだ」
「それは・・・・・・・」
鶴松の姉が絶句する。
「お主らが何をしようとしているのか。その秘法とやらは我は知らぬ。そこの者、お主もどこの出自の者かは知らんがその秘法を行えるのならば。今入り込んで来ている化け物たちをちゃんと始末出来るのであろうな?人を呪わば穴二つ。お主の打つ呪文と秘法でさらに異界と化しているであろうこの江戸の怪異を収められるのだろうな?」
祈祷師を木曽はグイッと掴み睨む。
祈祷師はガタガタと震え出した。
所詮、小物(こもの)。
本当の秘法や呪いをしているのは。
我ら本職の僧侶や神主たちである。
それは私利私欲の為でなく国家安寧の為の法力だが。
お主らとは違うのだ。
余談になるが、荒俣宏(世間ではこの方オカルトのことで有名みたいですが、その研究をしている盲心的に信じている側の方みたいなとらえ方されていますが、実在するかは懐疑的な思考の元で研究されている方ですので念の為一言添えておきます。民俗学の方で有名な方と思っていたらそうではないらしく)の「帝都物語」にもそういう記述があるが大戦末期に機密勅令によって全国の主だった寺社でルーズベルト米大統領調伏のための儀式修法が同時一斉に行われたという話がある。事実かどうかはその時代に生きて関わっていないので話としてある、とだけに留めようと思う。
高野山や東寺でも禁断の大元帥明王法が修され、熱田神宮に至っては政府中枢からの相当強硬な圧力により、天皇家や大宮司でも見ることさえ叶わない草薙剣がついに開封され、大宮司による機密御仕の主依とされたという。
結果はルーズベルトが本当に死亡したわけだが偶然か必然かは分からない。
そういう物も含めて宗教なのである。
木曽はその場にいた全員を見渡す。
市井の者たちは知らないし、知らせることもない。
かような紛(まが)い者共の甘言(かんげん)に迷わされおって。
盲目的に信じ、今鶴松をかような状態にまで追い詰めておるのか。
木曽は怒りを覚える。
人とは我も含めてなんと愚かな生き物よ。
千代吉の策を小志乃経由で聞いていた木曽はそのまま言葉を続けて千代吉の思惑通りに動くようにすることを考えついた。
元々、僧侶神官というのは言葉を操る職業。
人の心を晴らす(祓す)のもその場を思い通りに動かすのも木曽が得意なのは承知していた。
だから名僧と呼ばれたのだ。
「聞くがよい」
そうして木曽はその場の人間に言葉という呪いをかけ始めた。
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