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元の鞘(さや)
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「若さん、若さん!!」
縄を切り、ぐったりしている鶴松を抱いて小志乃が泣く。
「小志乃さん。鶴松は気を失っているだけだから大丈夫ですよ」
野乃助も傍らに寄って声をかけた。
きつく縛られていたのだろう。
縄の後が体のあちこちに見て取れた。
なんてひどいことを。
「聞くがよい」
木曽の言葉に全員が木曽の方を向く。
「このこと他言無用。鶴松に行われていた秘法とやらを我らがしゃべることはない。それが広まれば国家反逆の外法をするものではないかとお家取り潰しにもなろうて。それは避けたいであろ?」
鶴松家族に向けて木曽は言う。
鶴松の家族はその言葉に戸惑う。使用人の一人が袖に忍ばせていた物を収めた。
俺たちを殺すつもりでいたな。
口封じの為に。
野乃助は使用人が袖の中で多分、短刀だろう、を握り締めていたのを気付いていた。
それ程外に知られたくないものだったらしい。
木曽がいなければ展開は違っただろう。
死んでいたかもしれない。
「我らは言わぬ。だが、今江戸の町で起きている怪異を見過ごすわけにはいかぬ。その落とし前はこの祈祷師では無理である。見よ、この姿を」
木曽はちらりと祈祷師を見た。
祈祷師は放心していた。
「この怪異を抑えられるのは鶴松以外におらぬ。鶴松の持つ力に寄って来ておるのだ。お主らが今まで遵奉して来たモノによって祓わせる、いや、調伏させるのだ。それは鶴松にしか出来ぬ」
突然の話に家族たちは戸惑う。
有名な寺社の名僧だった木曽が言うのだ。
信じてしまうだろう。
野乃助は事の成り行きを見つめていた。
いつの間にか染芳と春駒が隣に立っていた。
「外の使用人は?」
「黙らせて外で眠っておる」
「お疲れ」
「うむ」
染芳の頬に出来た赤い殴られた後を野乃助はそっと撫でた。
染芳が腰の長物(刀)に手を添える。
使用人が先程まで放っていたかすかな殺気に気付いたのだろう。
染芳の殺気に気付いて袖から使用人は手を出した。
それは戦意はないという降伏の意味であった。
「鶴松に調伏させるのだ。その力を鶴松が持っているのを知っておるからかような外法をしているのであろう?隣町の外法使いの店と一緒に何をしようとしているのかは知らぬし知るつもりもない。だがな」
木曽はそこで凄味を見せた。
「お主らを目指して江戸に化け物共が入り込んで来おったわ。お主らめがけてな」
ひぃ!!と鶴松の母が気を失う。姉は今にも卒倒しそうになり、鶴松の父と姉の旦那はおろおろしていた。
「お主ら如(ごと)きが打った呪いが今お主らに返って来たとしてもそれは道理よ。どうだ?我も今の江戸の怪異には憂(うれ)いておる。だが我一人ではどうにもならん。それ程強力よ。鶴松の力を借りたい。お主らのことは秘密にしておこう。だが、この怪異とお主らめがけて来ている化け物たちを抑える為に鶴松を貸せ」
姉の旦那と姉は鶴松の父を見る。
「うぐぅ・・・・」
鶴松の父は悩んでいた。
「鶴松しか出来ぬ。お主らにも悪いようにはならん。うまくいけばさらなら運が向こうぞ。どうせそのような呪法なのであろう?この家の富でも願って先祖代々何かしらしおったか。そういうのは腐る程江戸以外の田舎などで見て来たからな」
「分かりました。私たちの家も私たちも大丈夫なのですね?」
鶴松の父は木曽の言葉に落ちた。
「ああ。心配はいらぬ。我が言うのだ。案ずるな。逆にこのままでは・・・とり殺されようぞ。今までお主らの先祖が行って来た呪法の代償がこの状況じゃ。鶴松は預かる」
木曽は言葉で巧みにその場を丸く収め、さらには鶴松の身体を確保した。
木曽の言葉に野乃助と春駒は鶴松を抱えて外へ連れて行く。
野乃助はチラリと染芳を見た。染芳はその視線を横目に見て頷(うなず)く。
先ほどの殺気を警戒して染芳に野乃助はその場を任せた。
鶴松は相変わらず気を失っていた。
染芳と小志乃はその場にとどまる。
小志乃も染芳程ではなかったが何か不穏な空気を感じ取っていたのだ。
縄を切る為先ほど抜いた脇差を手に持ち身構えていた。
「二人共大丈夫だ。刀を収めよ。そこなる使用人。坊主殺しはどうなるか知っておるな?死んだ後も楽になれると思うな。苦しみ続ける地獄が見たいなら我を殺してみよ!!」
木曽の気迫に戦意はとっくに失っていた使用人の袖からボトッと短刀が落ちた。
「我らも参りましょう」
木曽はそう声を二人にかけた。
茫然とする鶴松たちの家族を残して全員外に出た。
鶴松を染芳がおんぶする。
「木曽殿、ありがとうございます。私たちでは・・・・刃傷 ( にんじょう ) 沙汰になっていたかもしれませぬ」
小志乃が今頃怖れが襲って来たのであろう、震えていた。
「鶴松どこに連れて行く?」
春駒が鶴松の髪を撫でながら聞く。
「俺たちの長屋でもいいよ」
「駄目だ」
野乃助の言葉に染芳が否定する。
「何故?」
「何故ってそれは・・・・」
染芳が赤くなる。
二人でいたいのである。
染芳の悪気はない言葉である。鶴松が嫌いなわけではない。心配をしているのも事実だがついポロっと出てしまったのである。
「私の家で構いませぬ」
小志乃が言う。
「いや、美坂野のところへ連れて行くのだ」
木曽はそう言った。
「いいんですか?」
江戸の町で流れている噂を全員知っていた。
美坂野のことを恋し、と思い破門された経緯も江戸中に知れ渡っている。
「それがよかろう。美坂野は鶴松を好いているのであろう?」
野乃助を見て木曽は言う。
気付いていたのだろう。
「はい。ですが良いのですか?」
「良いも悪いも。好いた者のそばにいたいと思うのは自然なことであろう。我もその気持ちは分かったのでな。それがよかろう」
木曽は眠っている鶴松に声をかけた。
「人を恋するとは難儀なものだな。鶴松、美坂野を頼むぞ。美坂野はお前を好いておる。それを知っていながら横恋慕しておった。それも今日でお終いじゃ。我は以前の蓮華王院ではない。今は木曽だ。今なら前へ進める。また修行のやり直しじゃ」
木曽はそう言うと朗(ほが)らかに笑った。
「木曽殿お疲れでしょう。今日もお泊まり下さいませ」
「いや、小志乃殿。気持ちはないとは言え、お互い男と女が同じ屋根の下、共にいるのは市井の者に余計な勘ぐりを入れられまする。それにお互い長唄の師匠に寺の元僧侶と市井の話題になるような者たちよって。我は川原のそばのあばら家にでも行きましょう」
そう言って止める小志乃や野乃助たちと離れて木曽は去って行った。
「鶴松を美坂野の家に連れて行きましょう」
野乃助たちは鶴松を美坂野の家へと連れて行く。
道中、春駒は陰間の仕事の為離れて行った。
春駒は戻る道中、道に立つ夜鷹にさらなる怪異を起こすようにお願いし、千代吉から握らされた金をばら撒いた。
全ては鶴松を助ける為。
「美坂野開けろ」
野乃助の言葉に戸が開く。
染芳におぶられている鶴松を見て美坂野は
「どうしたんだ!!」
と大声で問う。
「お静かに。若さんが起きてしまいます。詳しいことはこんな外では話せませぬ。部屋に入れて下さいまし。人に聞かれてはいけません」
と小志乃は言った。
「分かった」
美坂野は敷きっぱなしの布団を蹴り、空間を作る。
「ここに鶴松を寝せろ。どうしたんだ?この跡はなんだ?今日から次の段階に入る予定だったんだぞ!!鶴松と一緒に夜の見回りをしてこの怪異を終わらせたようにして鶴松を神にするっていう話だったじゃないかっ!!」
縛られていた縄の跡を見て美坂野は怒りながら聞く。
「落ち着け。鶴松は・・・・・」
野乃助が語り出す。
全てうまくいっているのだ、美坂野。
途中鶴松の監禁と外法を行おうとすることはあったが軌道修正されてまた計画通りにいっている。
それはお前が金も名誉も吸い取った蓮華王院、木曽が導いてくれたことだ。
お前はそれでいいのか?
そんな暗い気持ちになりながら野乃助は語り出した。
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