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居場所
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鶴松は自分の来し方(過去)行く末(未来)を見たような気がして目を覚ました。
「鶴松起きたかい?」
寝ている鶴松を美坂野の顔が覗きこんでいた。
無言で頷(うなず)いて起き上がり周囲を見渡すと美坂野の家だということに気付いた。
「僕・・・・・」
「お腹空いてないか?」
視線の先に自分の腕に残っている縄の跡があった。
ぼーっとそれを鶴松は見つめていた。
涙がこぼれた。
あの時。
祈祷師がずっと聞いたことのない読経をしていて周囲で家族が僕を見下ろしていた。
鶴松はあの場面で予感していた。
自分には未来などない生き物なのだろう、と。
何もなかった。
人じゃなかった。
「鶴松」
美坂野が抱きしめて鶴松の頭を撫でた。
心配する美坂野が思う程、動揺はしていなかった。
鶴松は冷静だった。
忘れてしまうから。
すぐに僕は忘れてしまうから。
日記にしたためて来た物全部、想い出も笑顔も気持ちも全部。
なんの意味もなかったんだな。
鶴松の目が虚ろなのを美坂野は見た。
「鶴松」
呼んでも返事はなかった。
ただ無表情で鶴松は泣いていた。
野乃助から美坂野は話を聞いていた。
鶴松は絶望の淵に立っているのだろう。
美坂野は鶴松をかき抱く。
「なんで美坂野兄ちゃんが泣くの?」
「悲しいからだよ」
「どうして?」
「鶴松のことが好きだからだ」
「僕も美坂野兄ちゃんのこと好きだよ。でもなんで泣くの?」
「鶴松の言う好きというのとは違うからだよ。鶴松のことを想うと胸がチクリとするからだよ」
「チクリとするの?」
「そうだよ。鶴松を愛してるから鶴松のそんな顔を見て悲しいのさ」
美坂野がさらにぐいっと鶴松を抱き寄せた。
なんだろう、僕も胸がチクリとする。
でも、きっとこれも僕は忘れてしまうんだろうなあ。
日記にしたためてもこれもまた絵空事になってしまいそうな気がしていた。
全部嘘だった。
なんの意味もなかったんだなあ。
「美坂野様」
「誰だ!!」
戸外で男の低い声が響いた。
「仙吉楼の使いの者でございます。明日一番で花魁のところへ鶴松様と一緒にいらっしゃるようにとの花魁からの言付けでございます」
「千代吉か」
「はい。夢夢忘れませぬよう」
そう言うと男の気配は戸外から消えた。
誰かが千代吉に事後報告したんだろう。
「僕行かない」
「何故?」
「だって僕みんなと違うんでしょう?やっと分かった」
「一緒だよ」
「違うんでしょう?だから僕あんなことされたんだよね。僕どうやってここに来たか分からないけれど美坂野兄ちゃんは知ってるんでしょう?」
「知ってるよ」
「うん。僕家に帰る。父様と母様も姉様も心配するといけないから」
「帰らなくていい!!何故帰るんだ!!お前は・・・・!!」
家族から何をされたのか知っていながら何故戻ると言う。
「僕の居場所あそこしかないから」
立ち上がろうとする鶴松を美坂野は拒んでさらに強く抱きしめる。
鶴松の肩を掴んで美坂野はガバッと鶴松の顔の前に自分の顔を近づけて鶴松を見る。
肩から手を離して美坂野は勢いよく自分の着物の上半身をはだけた。
お互い座っている状態で一方は着物をはだけ、もう一方は虚ろな目で目の前の相手を見ていた。
お互いの吐息がかかる位に近い距離で見つめ合う。
「どうして上をはだけたの?」
「今から鶴松と契(ちぎ)るからだよ。鶴松の居場所はずっと昔からある」
そう言ってはだけた胸を美坂野は指差した。
細身ながらしっかりとした肉付きの艶やかな美坂野の肌が行燈の明かりに照らされて上気していた。
「出会ったガキの時からずっとここに鶴松が住み着いてらぁ。ずっとここにお前の居場所があらぁな」
演劇の見得を切るように美坂野は言う。
「僕の居場所?」
「そうさ。ずっとここにあらぁな。耳を当ててみろ」
言われた通りに鶴松は美坂野のはだけた胸に耳を当ててみた。
ドクンドクンと生きている音がした。
早鐘のように力強い生きている音がする。
鶴松は何故か涙がこぼれた。
「すごいドクドク鳴ってる」
「だろう?ずっと鶴松は俺の生きる活力源よ。そばにいるだけでこんなにドクドク鳴りやがる」
そう言って美坂野は恥ずかしそうに笑った。
美坂野の心臓の音を聞いていると鶴松は心が安らいだ。
夜の真ん中で。
美坂野の胸に耳を当て泣く鶴松と。
俯いたその背中を包む美坂野の影法師が行燈の光に照らされて壁に揺らいでいた。
一つの大きな影が寄りかかっていた小さい影を抱きしめてそのまま倒れた。
二つの影は合わさって一つになった。
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