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モテ男
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美坂野が吉原の大門を後にした時、通りの人間が全員立ち止まっていた。
「ん?」
朝早くからせわしなく動き回っている行商人や卸売りの人間が立ち止まって熱心に瓦版を読んでいる。
「ああ、うまくやったんだな」
近くの行商人に寄って
「俺にも読ませてくんな」
と読ませてもらうと思った通りだった。
隣町の呉服問屋の若旦那が江戸に現れた化け物に襲われたところ、鶴松が現れて化け物を追い払ったという内容が脚色されて書いてある。
それには蓮華王院が傍らにいたことや、鶴松の法力がなんちゃらと書いてあった。
「美坂野さん、これはあの鶴松かい!?」
「だろうな」
と見せてもらった行商人に答えてフフッと鼻で笑った。
思った以上に広まっている。
帰り路に鶴松の大店の前を通ると人が集まっていた。
噂話好きな江戸の町人は鶴松に直に聞こうと朝も早くから集まっているのだろう。
「若さんは今こちらにはおりませぬ!!」
「もったいぶらずに出せよ!!昨晩の活躍を本人から聞きてぇんだよ」
「本当でございます。今若さんはこちらには・・・・!!」
御苦労なこった。
鶴松のお店も鶴松効果でいい具合に商売もさらによくなるだろう。
後は野乃助の方だが。
そう思いながら自分の家に帰ると寝ている鶴松と起きてこちらを見て座っていた野乃助がいた。
「帰ったな」
「おう」
「千代吉姐さんの具合はどうだ?」
「あいつの飲む茶に薬をばれない程度混ぜて飲ませた。今朝は昨晩よりは、ちったぁ顔色もよかったぜ。昼見世は出さないように旦那にも言っているし夜見世は俺が買い占めるようにしてある」
「そうか。よかった」
「お前の方の算段はどうだ?」
「こちらは急いで刷る作業をしてもらっている。鶴松の札を昼夜をかけて作ってもらっているところだ」
野乃助は蓮華王院の描いた鶴松の似顔絵を版元に持ちこんで、それを木に彫り色を塗って印刷を昼夜問わずしてもらっていた。それを千社札(神社や仏閣を参拝した際のお札みたいなもの)にして売る算段なのだ。
「鶴松はどこだ?と町民が探してるぜ」
「そうか。まだ表に出すわけにはいかない。あともう少し町民の熱狂を上げておきたい。今日もやるぞ。あと・・・・・・この話をもっと真実味を帯びさせる為に駒が必要だ」
野乃助は腕組みをする。
「どういうことだ?」
「呉服問屋の使えねぇ風来坊の若旦那だけじゃ足りない。もっと信頼のおける犠牲者が必要だ。今夜陰間茶屋に来るお客の中でも厳選して選ばないといけない」
以前の文章にも書いたが陰間茶屋の陰間は花魁程ではないが吉原の遊女を買うよりも高くつく。
客層は当時の高級官僚だったり、僧侶だったり、金持ちだったり、上位層の裕福な家の男たちや旦那衆だった。
「おい、美坂野覚えているか?俺たちの贔屓(ひいき)の客に奉行所の与力(よりき)が結構な数いたな」
「ああ。あいつら役人だけど男色好きなやつらもいたな」
「あいつらよく上役に連れられて来ていたな」
「そうだったな。やつらをはめるのか?」
「そうだ」
美坂野と野乃助はニヤリと笑った。
当時奉行所の与力と言えば現在で言えば高級官僚、警察であったり裁判所の役人エリートである。給料などの他に付け届けなどの賄賂みたいなものももらうので暮らし向きは豪勢で食いっぱぐれはなかった。
武士社会においてはファッションにも一定のルールみたいなものがあるのだが奉行所の与力に関しては違うところがあった。
まずは髪型。
武士の髷、もみあげは自毛に沿った形で結いあげるのを奉行所の与力は江戸の町民のように
もみあげからまっすぐ髪が結われているようになるように髪を剃っていた。
町人風の髪型であったのである。見た目的には今で言えば軽い不良っぽい悪そうな感じでありながら、オシャレな感じなのである。
簡単に言えば当時のオシャレな髪型の最先端を取り入れていたのである。
もちろんそれはオシャレの為だけではなく町人に紛れて捜査などもするというのもあったのだが話す言葉も町民に接することが多いのでべらんめぇ口調の江戸っ子語りと偉いのに偉ぶらない。江戸ではモテモテだった花型職業だった。
これに合わせて余談になるが役者以外にもモテ男たちを紹介。
力士もモテる職業だった。まだ平均身長が低い時代に体格が良くなくてはいけないという生まれ持った資質が必要になる。なりたくてなれる職業ではないということ(一説には2mないとなれないとかいう話も)、また働くのは年に2回10日間ずつしか興行がない。つまり年に20日しか働かない。寺社の修繕費という名目で寺社内で興行をしていた。
実際は大名に召し抱えられたり、地方巡業などがあったとは思うが。
一年を二十日で暮らすいい男
と詠まれた川柳(せんりゅう)もある位である。
もう一つ。江戸の火消しもモテる男だった。
現代の消防士のように水をかけて消化するのではなく、以前湯屋のところでも書いたが江戸時代は水事情があまりよくない為、火を消すのではなく燃え移るのを阻止するために大木槌(きづち)などで建物を壊して火の広がりを防ぐ腕っ節のある男たちである。火事場に飛び込むその勇気と力の強さ。今で言うワイルドなイケメンなのかもしれない。
火事と喧嘩は江戸の華
という位である。
また火消しの格好もオシャレでダジャレをかけたものであった。
纏(まとい)という、今で言えばなんであろうか・・・・・ネカフェなどの町看板の人みたいに「ここの火消し組の人間ですよー」みたいなノボリを担いでいたのだが、いろは四十七組というのがあり、その纏の形でどこの組の所属か分かるわけである。
纏の一番上にはケシの実の丸い形を模(かたど)った物が乗っていて次に四角い枡(マス)の形がある。
芥子枡(ケシマス)
ダジャレなのである。
いかに江戸時代にシャレが粋なかっこつけに必要なものだったのかが分かるものだと思う。
「おい、しかし野乃助そんな危険なこと難しいぜ。やつら豪胆なやつらだ。俺たちが危なくねえか?」
「俺が出る」
「おぅ?」
「俺が化け物として出よう」
「お前が?俺も助太刀するぜ」
「駄目だ。お前は千代吉姐さんの所に行け」
「だけどよ・・・・・」
「大丈夫だ。俺はばれないでうまくやる」
野乃助は力強く頷(うなず)いた。
大丈夫だろうか・・・・・。
美坂野はそう思ったが夜通し千代吉の看病をしていて眠かった。
いつの間にか美坂野も鶴松の隣にパタっと倒れて眠りこけた。
並んで眠る美坂野と鶴松を見て野乃助は笑うと美坂野の家の戸を出て行った。
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