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依里小路(よりこうじ)
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早朝。
鶴賀、染芳を筆頭にした馬が人のいない通りを駆ける。
その後には小志乃が続く。
染芳と鶴賀は背後の小志乃の手綱さばきが心配だったが杞憂だったようである。
しっかりと鶴賀と染芳の馬について来る。
鶴賀の馬の背にはもう一人医者がいた。
染芳の馬には助手の子坊主が乗っている。
美坂野と千代吉は結局戻って来なかった。
大名屋敷の方には人を遣(や)り鶴松発見の旨を屋敷の者に伝え、千代吉と美坂野に一報が届いている筈だが。
美坂野も千代吉も何故現れなかったのか。
染芳は二人の不可解な行動と鶴松を一番心配しているであろう二人の不在を訝(いぶか)しげに思っていた。
鶴松を保護している家に到着すると野乃助は起きていたが鶴松は相変わらず苦しそうな息をして朦朧としていた。
「染芳、医者は?」
「連れて来ている。この者を見てやってくれ」
医者は脈を取ったり胸に耳をあてたり触診、打診をする。
助手の子坊主は湯の準備をしたり持って来ていたたくさんの引き出しのついた百味箪笥(ひゃくみだんす)をその場で広げその場に様々な生薬(動物や植物由来)を準備する。
医者は鶴松の様子を見てその場で薬の調合を始めた。
「鶴松はどうだ?」
「息が浅く。脈も弱い。傷口から病が入ったやもしれぬ。強い解毒作用の薬を与える」
医者はそう言うと子坊主に指示を出しながら薬を調合していく。
民間で売られていた薬などとは違い染芳たちが連れて来たのは有名な代々伝わる医者の家の階級持ちの医者を連れて来ていた。
以前も書いたが、藩医などは代々継がれて来たもので、それぞれの家で秘伝の薬であったり技術であったりがある。町医者のように脈を診て何か適当なことを言う紛(まが)い者ではない医者を染芳たちは連れて来ていた。
「ここから動かさぬ方が良いだろう、しばらくここで逗留(とうりゅう)させて安静にさせるのが賢明」
「町に連れて帰れないのか?」
「この者がどうなってもよいのなら動かすがよい、今は安静に次第を看(み)ねばならぬ」
医者の言葉を聞き、染芳と野乃助はその家の爺と婆に金を渡して鶴松の逗留の許可を願う。
「私らは年老いた爺と婆だけで何も出来ませんがそれでもよろしければごゆるりと」
「かたじけない」
「すまない、俺もここにいていいだろうか。鶴松だけを置いて町には戻れない」
「ええ、構いませんとも」
爺と婆が優しく言うのを野乃助は感謝した。
「では私も」
「小志乃師匠はいけません」
「何故です?」
「手習いの者たちもいらっしゃるし、それに美坂野と千代吉姐さんのことが気になります。小志乃師匠、二人の行方を。何をしようとするか分からない無鉄砲な人間だから無茶しないように見てあげて下さい」
「分かりました」
野乃助に言われて小志乃は野乃助に従った。
野乃助の不安に思う気持ちは小志乃も感じていたからだ。
出かけて行く時の二人の顔はまるで。
潔(いさぎよ)い目をしていらっしゃった。
戦地に赴く覚悟の目。
何かをするのだろう。
その頃。
美坂野と千代吉は朝から大名屋敷の湯殿を借りて身をしっかりと洗い、化粧を施し、髪結いを朝から呼び付けて身支度をしていた。
朝一番に大名の家紋入りの書状を持たせた遣いが戻って来た時、こちらの屋敷へ直々に来ると返事があり、まだその約束の時間までかなり時間があるが身支度をしていたのである。
「おい、千代吉。大奥御年寄って言ったらそんなに簡単に奥を抜け出て来られるものではないんじゃないか?忙しいだろうよ」
「はん、知らないよ。雲の上の人たちのことなんてさ」
二人は背中合わせに鏡に向かいながら化粧を施しつつ話す。
美坂野も舞台の時までのようにとは言わないが薄化粧をして髪を撫でつけていた。
「大名の家紋入りの書面で直訴しただけさ。美坂野の名前とあたしの連名でね。あたし一人じゃ無理だったろうよ。公務抜け出しても町に来るってんだからさぞかし・・・・・」
「さぞかしなんだ?」
「いや、なんでもないさ」
吉原を抜けてしばらく江戸の町に住んでいた時に大奥の女たちが美坂野の舞台を観劇している姿は町民の噂話でも聞いていたし、実際千代吉もその目で見ている。
「あれが大奥御年寄の依里小路(よりこうじ)様か。美しい」
近くの座布団の席に座る客の声に二階の席に座っている女集団に千代吉が目をやった時に着物の違いで依里小路がどの女性かすぐに分かった。
美坂野の舞台に関しては餓鬼の頃から知っていた美坂野がお涙ちょうだいの演技をしているのもヘソで茶を沸かせるってもんだよ、と鼻で笑って興味がなかった。
千代吉は二階席の依里小路の集団が気になって視線を送っていた。
依里小路が舞台上の美坂野に向ける視線。
あの目は。
恋する目だった。
「おい、さぞかしなんだ!?気持ち悪いからはっきり言え!!」
「なんでもないって言ってるだろう!!野暮は黙ってな!!」
さぞかし美坂野にホの字なんだろうねえとは言わなかった。
こういうのは本人が知らない方がうまくいくもんだ。
いくら役者の美坂野でも。
男同士の契り、色恋は鶴松と分かち合って知っているとしても。
男と女の色恋知らずの美坂野じゃあ演技にボロが出るからね。
いつも通りの美坂野でいい。
後はあたしがなんとかしてやるさ。
こんな直訴を町民がすれば下手をすれば打ち首。
あたしの口の悪さから言えば無礼者、と手打ちにその場でされる気もするねえ。。。。
美坂野の魅惑と魅了に最後は賭けるしかないか。
紅を慎重に口にひきながら千代吉は考案していた。
相手は数多(あまた)の女たちを束ねる女城主。
千代吉如きの浅はかな策略などに本当ならば陥れられる者ではないだろうが。
色恋さえ絡められれば。
その知性も理性も思慮深さも吹っ飛んじまうだろう。
そう千代吉はにらんでいた。
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