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役者美坂野
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美坂野と千代吉は小志乃の家に向かった。
「千代吉さん、美坂野さん!!」
小志乃は二人の姿を見かけると駆け寄った。
「どちらにいらっしゃったのですか?大名屋敷に向かったとは聞いていましたが御戻りにならず。何かあったのかと心配しておりました」
「ちょっとね。小志乃師匠、しばらくまた小志乃師匠のところに世話になっていいかい?」
「ええ、それは問題ありませんけどいかがなさいました?」
こちらから連絡があるまでは動くな、沙汰を待てと言われている美坂野と千代吉は言われた通りにするしかない。
千代吉は途中で現れた鶴賀に吉原の仙吉楼に沙汰が下るまでは動けないと伝えてもらうように伝言し、事情を話す。
「なんという無茶を。。。。。」
鶴賀と小志乃が絶句する。
「これしか思いつかなかったんでね。思ったようには行かなかったけど」
「お上に直訴したと同じようなものなのですよ!?そんな大それたことをしたら死罪なのは充分お分かりのはず!!そんなことになって若さんが喜ぶとでも?」
小志乃は怒りながら美坂野と千代吉を責めた。
「浅はかだった。すまないね。でも依里小路様は約束してくれた」
「鶴松が生きやすくなるならそれでいい」
二人は疲れ切って小志乃の家でお茶を飲みながら言う。
「鶴松のところにも行けねえな」
ぽつりと美坂野は言う。
「しばらく待ちな。依里小路様から沙汰を待てと言われている。江戸の町から出ることは出来ないよ」
夕刻時。
鶴松のところから染芳が戻る。
「美坂野、千代吉殿戻られたか」
「鶴松は?」
心配そうに美坂野が問う。
「まだ熱が引かぬ。大奥の御匙が突然江戸城の役人たちを引き連れて現れたが一体何事なのだ?何も言わず黙々と鶴松の診察を始めたが。。。。。。何も俺たちには説明がなかった」
「ああ、大奥御年寄の依里小路様が遣わしてくれたんだ」
染芳にも事情を美坂野は話す。
「お前たちは・・・・・・」
「もう聞き飽きたよ、やっちまったもんはしょうがないだろう。うるさいね」
嫌そうに千代吉が顔をプイと横に向ける。
その時大奥から遣いが来た。
大奥から増上寺への参拝と観劇が行われる、立て看板でも町民にも知らされると思うが美坂野と鶴松は一処(ひとところ)にとどまり後ほど指示を出すので待機をせよとの命(めい)が下った。
「しかし、鶴松の容態がまだ・・・・」
染芳が暗い顔をする。
「安心なされませ。先ほど鶴松とやらは目を覚ましたと早駆けの者から連絡があった」
「さようでございますか」
遣いの者の言葉に小志乃は安堵する。
「依里小路様は何をされようとしているのでしょうか?」
仙吉楼から戻ってきた鶴賀は尋ねた。
「さぁ、私は依里小路様から言付けを頼まれたまで。私のような者が依里小路様のお考えを到底図り知ることなど出来かねまする。ですが・・・・・」
そこで遣いの役人は言葉を切った。
「どうなさいました?」
「私の独り事と御思いくだされ。あの方は町人の為に動くような暇のある御方ではございませぬ。大奥のことで手一杯、さらにはお腹様(将軍の子供、女子を持つ側室)、お部屋様(将軍の子、男子を持つ側室)、御台所様(正室)への根回し、折衝(せっしょう)・・・・・悪くとらないで下され、その方たちとの駆け引き。傍目に見てもお苦しい立場と仕事量でございまする」
遣いの役人は口ごもりながら答える。
「ええ。大奥の中は私のような町民には分かりませぬが大変なお立場なのでしょうね」
小志乃が相槌を打った。
「さようでございます。それが何故かようなことをしているのか私たちも分かりかねます。側室の皆様の御機嫌を伺い、出来るだけ全員を参加させようとしていらっしゃるようですが皆々様がお仲ようしているわけではありませぬ。それを何故、かように大変なことをされているのか」
千代吉と美坂野には理由がなんとなく分かっていた。
やはり美坂野のことが好きだと言うことなのだろう。
大奥御年寄という立場の手前、さらし首だと言いつつも。
惚れた男の為なのではないか。
「ありがたいことだ。大奥に足を向けて寝られねえ」
美坂野がつぶやく。
美坂野は今まで自分がして来たことを思った。
寄って来る男も女も利用した。
役者としての名声と立場が上に行くたび切り捨ててはまた貢がせ。
元蓮華王院の木曽や依里小路の顔が浮かぶ。
愛する者が出来て知る感情。
守りたいという気持ち。
窮地に立たされた鶴松を命を賭けても守りたいと思う気持ち。
愛するということはそういうことなのだろう。
鶴松の為に動いた木曽も今依里小路がしていることも。
俺の為なんだろう。
俺が鶴松を守りたいと思うのと同じ気持ち。
美坂野は自分のして来たことを反省した。
そして感謝する。
美坂野は決意する。
この件が終わったら。
役者を退こう。
人に笑顔と涙を与えて来た有名役者としての舞台人生だったが。
こんな人間が人の心を打つ演技が出来るわけがねぇ。
中身がない心のない演技だった。
こんな底の浅い人生を歩んで来た俺がいい演技が出来るわけがない。
鶴松の為ではなく自分自身の為に。
役者人生に幕を閉じよう。
今まで貢がせて来た者たちや足蹴にして来た者たちへの懺悔と感謝の為に。
もしもう一度鶴松の拍子木で舞台に立てるなら。
一世一代の舞台を。
鶴松と俺の最初で最後の舞台を。
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