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別れ
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鶴松と美坂野が江戸を離れて月日は1年が過ぎていた。
1年と言うと長いみたいだがあっという間だった。
役者時代に貯めていた金も底を尽き始めていた。
このまま江戸に戻らず何か商売が出来ないか、と美坂野はそんなことも考えていた。
江戸に戻るよりもそっちの方がいいかもしれない。
江戸の町と違って美坂野の有名なことも鶴松の神様憑きの話題も知らない土地と人間たち。
先入観のない人の間を、町を巡るのは心が安らいだ。
鶴松も少しづつ元気になっていた。
1年かけて二人で育んで来た。
今までの痛みと苦しみが和らぐように。
だが。
もう大丈夫、という矢先に鶴松が高い熱を出した。
美坂野が宿で鶴松を看病している時。
「美坂野兄ちゃん、江戸に帰ろう」
「まだ駄目だ。鶴松の体がしっかりしてからだ」
「美坂野兄ちゃん、江戸に帰らなきゃ駄目だよ。帰ってまた舞台の仕事して欲しい」
「分かった。早くよくなれ」
「うん」
だが、鶴松はよくなる気配はなく次第に弱っていった。
布団に寝たまま話をしていたかと思えば意識を失っていたり、寝ていたかと思えば脂汗をかいてめまいがすると言う。
医者も匙(さじ)を投げた。
美坂野は薬師や医者を探しては鶴松を見せたが誰も原因が分からなかった。
「もういいよ。楽しかった」
「何がいいんだ。もうすぐよくなる」
「うん。美坂野兄ちゃん、これ」
布団から手を出して頭上にある荷物を手繰り寄せて中から冊子を取り出す。
「今までのこと日記に書いてたんだ。これ美坂野兄ちゃんに持ってて欲しい」
「鶴松。これからも旅に出たり江戸に帰るんだから自分で持っていればいいじゃないか」
「ううん。兄ちゃんに持ってて欲しい。たくさんあるんだ」
その時鶴松はもう長くないと悟っていたのかもしれない。
横を向いて布団の側に座っている美坂野を鶴松は見上げる。
安らかな笑顔だった。
「兄ちゃん、筆と紙取って」
「分かった」
鶴松は震える手で何かを書く。
「うつし世に 紡(つむ)ぐ音(ね)は 空を巡りて 絆(きずな)となる 今空に返すとぞ思ふ」
鶴松は辞世の句を詠んだ。
美坂野は布団の側で放心していた。
美坂野の方に鶴松は手を伸ばして頬を優しく撫でて笑った。
「兄ちゃん。一人で江戸に帰れる?ちゃんと江戸に帰ってね。約束」
震える指を放心している美坂野の指をとって鶴松は指と指をからめた。
「指きりげんまん」
と鶴松は指きりをした。
「約束」
と鶴松は苦しそうに笑っていたが美坂野は茫然と鶴松を見ていた。
しばらくして。
鶴松は目を閉じた。
あっけない最期だった。
眠るように鶴松は亡くなった。
美坂野は何が起きているのか分からずにただ布団のそばでずっと鶴松を見ていた。
宿の主人が亡くなっている鶴松に気付いて坊主を呼んだりしてくれたがその時の記憶が美坂野にはなかった。
ただ。
宿の主人が迷惑そうな顔をしていたのだけははっきりと覚えている。
どうやって来たのか美坂野はいつの間にか寺にいて鶴松は荼毘に付された。
原因不明の病で鶴松が亡くなった為、疫病や流行り病が蔓延はしてはいけないと火葬小屋で火葬された。
美坂野は夢の中にいるようにフラフラとしていた。
現実と夢の区別もつかなくなっていた。
「鶴松は?」
「しっかりしなさい。仏となった」
「何言ってやがる。ああ、そこにいたのか。隣にいるじゃねーか」
錯乱していた美坂野はしばらく寺に保護された。
美坂野に手を焼いた寺の者は江戸にいる美坂野の知り合いを美坂野から聞き文を送った。
しばらくして。
寺に野乃助が現れた。
「美坂野・・・・・」
久しぶりに会う美坂野は虚ろな目をして髭も剃らず髪もボサボサになっていた。
目が血走っていて野乃助の姿を見るや否や、
「鶴松が死んだってみんなが言うんだよ、野乃。お前からもこいつらに言ってくれよ。鶴松ちゃんと俺の隣にいるじゃねーか。こいつら目と頭がおかしいんじゃねーか?」
美坂野が片手でしっかり抱いているのは鶴松の骨が入った籠だろう。
一時も離さず「鶴松、鶴松」と声を昼夜関係なくかけていると手紙にあった。
「鶴松は死んだ」
「嘘言うな」
「死んだんだ」
「嘘つけ!!死んでねえ!!お前までおかしくなったのか!!」
美坂野が野乃助に食ってかかる。
美坂野は怒りで肩を上下させながら野乃助を見た。
野乃助は泣いていた。
なんで泣くんだ?鶴松ちゃんと隣にいるじゃねえか。
そこで隣にいる鶴松を見た。
いなかった。
その代わり腕で鶴松を抱き締めていたと思った物、籠に目がいった。
なんだこれ?鶴松どこ行ったんだ?なんだってんだこの籠。
籠の蓋(ふた)を開けた。
白い骨の欠片があった。
これは。
鶴松。
だった物。
「うわぁああああああああああ!!」
大声で美坂野は叫んだ。
涙を流しながらその骨を見て狂ったように美坂野は叫び続けていた。
野乃助は茫然と狂ったように叫び続ける美坂野を見ていた。
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