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彼岸越え
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美坂野は鶴松の骨の入った籠を持って外に出た。
外に出るのは屋敷に連れて来られてから初めてなので約1か月近く出ていなかったことになる。
「鶴松。楽しみにしてたもんな。一緒に行こう」
野乃助が帰って小志乃が入れ替わりで来る時間を見計らって家を出た。
奉公人たちにばれないように家を出たからいないと知ったら慌てるかもしれない。
死にに行くわけじゃない。
少しだけ俺のわがままを許して欲しい。
二人でいたいんだ。
船頭たちのいる川岸に美坂野は向かう。
その場にいる船頭に交渉して船に乗せてもらった。
見物客用の船ではなく漁に出る為の船で魚の生臭さが残っていたがそれでもよかった。
船を押さえることが出来なかったし、今の美坂野にはそんな大金もなかった。
鶴松の骨の入った籠を膝(ひざ)に乗せて美坂野を乗せた船は進む。
「おい、お前さん。これ以上前へは行けねーよ。この先は金持ちたちの船が出張(でば)っていやがるからな」
「構わない。ありがとよ。出来れば船が近くになくて綺麗に見える場所にいけるかい?」
「ああ、いいよ。船乗りしか知らないとっておきの場所に連れてってやらぁ」
船頭は美坂野の希望に答えて船を進めた。
青白い美坂野の思い詰めた顔と片時も離さない鶴松の入った籠を見て船頭も何か感じたのかもしれない。
美坂野を憐れむようにチラリと見たがまた前を向いて櫓(ろ)を漕ぎだした。
「ここは少し遠いがよく見えるぜ。周囲にも船がいねえから静かなもんさ」
船頭はそう言って船を止めた。
「そうかい、ありがとよ」
もうすぐ。
光のないはずの水面に月と星空が映っていた。
「綺麗だな、鶴松。もうすぐもっと綺麗なもんが始まるぞ」
籠に美坂野は語りかける。
船頭が握り飯を美坂野に寄越そうとしたが美坂野は頭を振って拒否をした。
水音だけの静寂の中。
鶴松と二人で待つ。
夜空に花火が打ち上がった。
「綺麗だろう?ほらまた上がった」
夜空に浮かび上がる花火を見ながら鶴松に語りかける。
「ほら、水面にも花火が映って綺麗だろう?空も水面も花火だらけだ。どうだい、鶴松綺麗だろう。なぁ鶴松綺麗だろう?」
鶴松は返事をしない。
「なぁ綺麗だろう?」
美坂野は涙を流しながら必死に語りかける。
船頭は察していたが何も言わず黙っていた。
泣き笑いの顔をしながら籠に語りかける美坂野の顔を見ないようにしていた。
「約束してたからな。花火見ようってな。鶴松、やっと見れたな」
打ち上がって一瞬で消え去って行く花火。
空に霧散して行く花火と水面でも霧散するように波間に消えて行く花火の光が美坂野と鶴松の入った籠を照らす。
泣いたり笑ったり、怒ったり悲しかったり。
そんな鶴松との想い出が花火と共に美坂野の心の内に灯(とも)っては消えて行く。
花火で空が埋まるように美坂野の心の内は鶴松で満たされていた。
強く打ち上がっては一瞬にして消えて行く。
もう花火を見ることも出来なくなって美坂野は籠を抱えてむせび泣いた。
「もう花火終わったぜ」
暗闇の中で船頭の声が響く。
「もういいかい?」
よくない。全然よくない。
だが。
もう終わっちまったんだな。
「もう戻らなきゃいけねーよ」
そう言って船頭は櫓を漕ぎだした。
戻らなきゃいけないのは分かっている。
いつか戻らなきゃいけない。
想い出して苦しくなる。
心の中を鶴松が埋め尽くしてる。
その時ヒューッ、という音が空に響いた。
大きな花火が一つ上がった。
美坂野が頭を上げて花火を見上げる。
大輪の花火が一つ大きく散った。
「花火師が仕掛け間違えて上げたんだろうな」
船頭も櫓を漕ぐのを止めて見入る。
人生なんて予期せぬことの連続だ。
最後にこんな綺麗な花火を見せてくれた。
「鶴松帰ろうか」
美坂野は自分に言い聞かすように言う。
鶴松も送り出してやらないといけない。
鶴松、一人で行くけど寂しくないか?
俺も行こうか?
船が川岸に近づいた時に見知った人影が見えた。
「美坂野!!」
野乃助、染芳、鶴賀、千代吉、依里小路、千代吉が立っていた。
俺の名前を呼んでいるやつらの声が響いていた。
「あいつらうるせぇな。あいつら俺を呼んでやがる。すまねぇ鶴松。俺を呼ぶやつがいるから鶴松と行けねえ」
泣きながら鶴松に言う。
「おめぇと指切りげんまんしたからな。舞台の仕事に戻るってな。鶴松との約束だからな。すまねぇ、先に行っててくれ。俺も後から行く。鶴松、お前の墓にも毎日会いに行く。寂しくねえように」
川岸に辿り着く。
美坂野が鶴松の籠を抱き締めて男泣きしている姿を見て誰もいなくなった美坂野を責めはしなかった。
「花火よく見られたかい?」
千代吉が美坂野に問う。
「ああ。鶴松にも届く程大輪の花咲かせてた。彼岸(ひがん)にも届く位にな」
目をゴシゴシと袖で拭いてしっかりとした口調で美坂野は答えた。
以前の美坂野のように負けん気で艶のある張りのある声だった。
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