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掃除のしかた(1)
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誠がいなくなって3週間が経った。帰ってくる気配は、ない。
どこで何をしてるんだろう。誠のことだから、行くあてもなくてどこかで倒れてたりして…
それなら、早く帰ってこればいいのに。
「津島!」
「…はっ、はい!」
仕事中なのに、つい誠のことを考えていた。上司に怒鳴られ、はっと我に帰る。
「ぼーっとしてちゃだめでしょ。自分の作業、終わったの?」
「ま、まだです」
「さっさとやりなさいよ」
「は…はい」
俺が所属している部門では、新しい商品の開発をしている。そして現在はそのために、核となるシステムの実験をしているところだ。
自分の作業を終わらせないと、実験が前に進まないのだけど、俺は正直言って要領も悪いし気も利かないし、足を引っ張りまくっている。
今日もそれなりに頑張ったつもりではいるのだけど…結果はふるわない。自分のせいでみんなの仕事が長引いていると思うと、残業時間は本当に苦痛だ。
やっと家に帰ってまこちゃんの水槽の前に座ると、疲れがどっと出てきた。
「まこちゃーん、疲れたよー」
まこちゃんは何も答えてくれない。当たり前だ…なまずだもの。
「仕事が辛いよ。俺、大学を卒業して、大企業に就職できて、それで終わりみたいに思ってたんだ。でもそうじゃなかったんだよ。会社っていうのは自分の力で働かないといけないんだ。なのに俺はぜーんぜん仕事ができない」
ペットに話しかける人の気持ち、わかる気がするな。ペットは俺の話を黙って聞いてくれる。絶対に否定しない。
「沢口は…同期なのに、とても優秀で、上司からも可愛がられてて、そんなやつが近くの部門にいるから、嫉妬と劣等感でおかしくなりそう。沢口はいいやつで、全然嫌いじゃないんだけど、でも会社で見ると、沢口なんていなくなればいいのにって思っちゃって…」
今まで蓋をしていた気持ちが、ふっと漏れてきた。言葉にすると、自分の小ささが嫌になる。
まこちゃんは水槽のはしっこの定位置でどんと構えていて、俺の愚痴なんておかまいなしだ。
魚になりたいなあ。水槽の中で飼われている魚みたいに、何の悩みも持たずに生きていきたい。
『お前はひどい人間だな』
『幼い頃人間に捕まえられてからずっと一匹で水槽ぐらしの俺に生殖の話をしてくるなんて』
前にまこちゃんが言っていた言葉をふと思い出してしまった。
「ごめんね、まこちゃん。魚は魚で大変だよね…」
ザパァ
そこで突然水槽から水しぶきが上がった。水槽の目の前にいたせいで、もろにかぶってしまった。
口に入った水を吐き出しながら前を見ると、まこちゃん…の下半身が目前にあった。
「うわあちんこだ!」
「だまれつしま」
頭をぱこんと叩かれた。
「まったくうるさいぞさっきからぐちぐちと。1日の終わりにお前の悩みを聞かされるこっちの身にもなれ」
「あああごめん…」
まこちゃんはどうやら、俺の悩みを黙って聞いてくれるようなペットではないらしい。
「まこちゃん、今日はどうして出てきたの?俺をなぐさめるために?」
「違う」
まこちゃんは即答した。
そしてこつこつと水槽をつついた。
「これ見て、何か思わないのか?」
「んー?」
まこちゃんに怒られて、水かえは一週間おきに4分の1の量を行うことにした。あれから1回自分でやってみたけど、まこちゃんは文句を言ってこなかったから、やりかたは問題なかったんだろう。
となるとやっぱり…
「壁、ちょーっと汚いかもね」
「そうだな。かなり汚いな」
水槽の壁に、茶色っぽく変色している場所がところどころ見られる。見た目は悪いけどまあこんなもんかな、ということで無視していたのだ。
「えー…つまりこれを掃除しろと?」
「ご明察だ。掃除をしろと言いたくてうずうずしていたら人間になっていた」
「めんどくさぁ…」
壁の掃除って、絶対水の中に手を入れなきゃいけないよな。あーやだやだ。
そんなことを考えていたら、まこちゃんはご立腹の様子で俺をにらんでいた。
「おい飼い主!ペットの世話をするのはお前の義務だと何度言ったら」
「わかったよ…それで?どうやって掃除すればいいの?」
「まことは白いのを使ってたぞ」
「白いの…?」
水槽用品の収納棚を開けると、「げきおち」と書いてある白いスポンジを発見した。
これで壁をこするってことか…。
「じゃあ掃除するから、まこちゃんは前みたいに体拭いて服着て待ってなよ」
「お!服か!楽しいな!」
まこちゃんに前と同じようにバスタオルと部屋着を渡すと、ウキウキで着替え始めた。
街で見かける服を着た犬とか、てっきり無理矢理着せられてるのかと思ってたけど、こんな風に服を着るのが好きなペットもいるんだなぁ。
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