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あれから二週間が経った。
という事は俊哉と話さなくなって二週間。
キスをした次の日に俊哉はなに食わぬ顔で登校して来たのだが、俺に話しかける事はなかった。
普段から俺からよりも俊哉からの方が多かった事に今更ながら気づいた。
どうやって話しかけたらいいのか。どんな顔して俊哉の前に立てばいいのか……そんな事をうだうだ考えている内に時だけが過ぎていった。
部活仲間でもあるクラスメートから「早く仲直りしろよ」と言われ、あんなに一緒にいたんだから俺達の変化に皆、気づいているのだろう。
だが、それを声を大にして言わないのは一概もなく俊哉が笑顔を振り撒いているからだ。
作った笑顔。よく雑誌とかで見るモデルのように綺麗に口角が上がっていて完璧だが、俺はあんな笑顔より、あいつのふにゃりとした笑い方が好きだ。
出そうになった溜め息を場の空気を考えて、ぐっと抑えると手にも力が入りコーヒーカップの中の黒い液体が少し揺れた。
普段は飲まない、背伸びした甘くない珈琲が余計に寂しさを助長させてる気がする。
あいつとの日常には必ず甘い飲み物が存在していたせいだろうか。
「どうかした?」
珈琲を見つめていた俺に「ぼーっとしちゃって」と付け加えた部長に視線をやる。
今は部長といるのだから他の事を考えていたら失礼だ。
「いえ何もないです。すみません」
まさか他の男の事を考えていたとは恋人相手に言える訳なく返事を返す。
俊哉との関係は変化していたが部長との関係はあれから何も変わっていなかった。
いい距離を保つ、先輩後輩。
恋人なはずなんだが恋人らしい事は、あのキス未遂事件から何もなかった。
でもそれが有り難くもあるのは、まだ俺の気持ちが部長に向いていないせいだろう。
そして今日は部長とデートと言う名の買い物をしている。デートと言っていいのかは分からないが。部長からデートだね、と言われたのだから、そうなのだろう。
目の前にいる部長に目をやれば、やはりと言うかおしゃれなカフェで珈琲を飲んでる姿は様になっていて何故こんなに格好いい人が休日に平凡な俺と珈琲を飲んでいるのか。
今日部長と1日一緒にいて、男子校に行ってるからと言って部長は女の子に困る事はないだろうと思った。
優しいし紳士的だし、さらにイケメン、長身とくれば今日みたいに外を歩くだけで女の子の視線を独り占めするのだ。隣を歩く平凡な俺にはキツイ視線だったが。
果たして部長は俺のどこが良いと思って好きになってくれたんだろうか。
だけど、それは考えたって分からねぇし、なんとなく聞きたくないとも思った。
部長から逃げてばかりだな、と何処から声が聞こえた気がした。
「それより今日は付き合わせて、すみませんでした」
今日の俺を思い出して頭を下げると部長は笑みを作り「気にしないで」と言うと優雅に一口珈琲を含んだ。
それにしても部長と恋人のようにデートをする日が来るとは思ってもみなかった。いや恋人同士だから、こんな日がくる事は予測出来たんだが。あまりにも部長との関係が変わらず実感が湧かないというか、なんというか。
「だいたい僕が誘ったんだから謝らないでよ」
「いや、でも俺ばかりシューズ見て振り回してましたよね」
「シューズを買うことが目的だったんだから、それでいいんだよ?」
そう言われてしまったら何も言えなくなり押し黙る。
実はこの前シューズがぼろぼろになって買い換えたいと言った俺に部長がそれならと「休みの日に一緒に買いに行かない?」と誘ってくれたのだ。
部長との買い物自体は本当に楽しくて、アドバイスも沢山貰ったし勉強にもなった。
でも、結果的に俺だけがシューズを買って部長は何も買わなかったから俺が振り回してしまったと不安になったのだ。
それでも部長は気にする事なく、また笑顔を作り珈琲を口にした。
その自然な動きを見て部長はやっぱ大人だと、心の奥底でじくりと何かが音を立てた。
俊哉は珈琲は飲まないし、せめて飲むとしたらコーヒー牛乳だからな。部長と俊哉は全然違う。
って、また俊哉の事を考えてしまっている。最近は誰と居ようが俊哉はこうするや俊哉はこうだとか比べては辛くなって、俺は救いようのない馬鹿だ。
部長に失礼すぎるだろ。
「ありがとうございます」
素直にお礼を言えば綺麗な笑顔と一緒に「どういたしまして」と返ってきた。
・・・
「あ」
暫く他愛もない話をしていると、いきなり部長が声を上げた。部長を見れば外が見える一面張りの窓ガラスに目線が行っている。
「どうかしました?」
「いや、あれってさ」
部長が指を指した方に顔を向けるとーー。大きく心臓がドキっと跳ねた。
「しゅ、んや」
俺が見間違える訳ない。
「だよね。あの人、彼女かな? 凄く綺麗な人だね」
山本くん知ってる?という部長の声にかろうじで「知らないです」と返し、その姿を凝視する。俊哉は俺達に気づいていない。
頭が真っ白になる。俊哉の腕に手を回し腕を組んでいる髪が長い女の人。俊哉の手には大きな紙袋があって今レディースショップから出てきたと思われる。部長が言うように綺麗な人で、まさに絵になる二人。
俊哉に、彼女。
知らなかった。いや、俊哉は彼女がいないとも言っていないし、ただ俺がいないとばかり思っていただけで本当はいたのかもしれねぇ。あんなにかっこ良ければ彼女だっているだろう。
「っ……」
ここからでも分かる。俊哉の作っていない自然な笑顔。今教室で見せている笑顔とは違う、俺が好きな笑顔。バクバクと心臓が速く動く。知らず知らず手にまで力まで入ってしまう。握りしめた手にはじんわりと汗。
見なければいいのに目が離せず見ていれば俊哉がふと、こっちを見た――。
「っ!!」
「あ」
部長も気づいたようで二人で俊哉を見ていれば、俊哉の顔から笑顔が消える。
あの時と一緒だ。屋上の時に見た、マネキンみたいな無表情。あの表情は何を考えているのか分からない。
俺の心臓が一瞬、止まった気がした。
次第に俊哉の視線に気づいたのか隣に居た人も、こっちを見る。改めて綺麗な人だって事が分かった。
数十秒。いや数秒、見つめ合った後、女の人が俊哉に何かを言ったと思ったら俊哉は女の人の腕を掴んで人混みの中へと消えていった。
「はぁ、っ」
金縛りのような呪縛から解放され、やっと自分が息を吐き出した事に気づく。
見たくなかった。女と歩いている姿も、ふにゃりと笑う姿も。
本当は少し安心していたのだ。学校では作った笑顔を張り付けクラスメートと接している俊哉を見て、今まで俺だけに気を許していたんだと思ったから。
あの作った笑顔の間は、まだ大丈夫だと、いつか俊哉の隣に戻れる、そう思っていた。大会が終った後でも遅くない。間に合うんだと。
だけど、それは俺の自意識過剰だ。俊哉はクラスメートに本当の笑顔を見せなくても彼女という安らげる場所、本当の笑顔を見せれる相手がいる。
ばっかじぇねぇの、俺。何がまだ大丈夫だよ。俺達はもう前みたいに笑い合える関係には戻れねぇのかもしれない。屋上での、あの冷たい表情がそれを表していたんじゃねぇのか?あの時、俊哉は俺を嫌いになった。じゃないと、あんな顔できねぇよな。なんで気づかなかったんだよ、馬鹿だろ俺。何してんだ、ほんとに。
「山本くん? 大丈夫? 具合でも悪い?」
部長の声ではっとなる。そうだ、今は部長と一緒だった。トリップして忘れていた。
部長の優しい声が胸に滲みて、よけいに胸が痛む。どうして俺は部長を好きになれないのだろうか。どうして俊哉じゃなければいけないのだろうか。どうして俺は、俊哉を好きになってしまったのだろうか。そんな事、考えたって意味ねぇのに頭の中では、それがループする。
「だ、いじょうぶです」
俺は今ちゃんと笑えているのかさえ分からない。でも部長が辛そうな顔をしたから、なんとなく笑えてないんだろうなと理解する。
「すいません」
思わず謝ると部長は眉毛を下げて笑って「ちょっと疲れたのかな?今日はもう帰ろう」と何も聞かず駅まで送ってくれた。
どこまでも優しい。帰りの電車の中、少しだけ泣いた――。
もう俊哉と笑い合えないかもしれない。
それでも俺はお前が好きなんだろう。それだけは分かっていた。
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