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席に戻って数分後。我妻は引き出しを開けるフリを装って人目を避けるように屈み、こっそりと自らのジャケットの襟に鼻を近づける。鼻腔を満たすのは、先程のスーツと違う匂い。
(…よかった。やっぱいつものスーツがしっくりくる。)
我妻は先程のジャケットの匂いを思い出して、息を乱す。まだ馴染みのない、新しい匂い。金曜の夜。相手の温もりに圧倒され、指先に翻弄されながら味わった匂い。
(…畜生。匂いのせいで、あの夜を思い出しちまったじゃねぇか。)
…一度知ってしまったら、元には戻れない。自らの襟を指先でぎゅっと握って、我妻はしっとりと濡れた目を静かに伏せた…。
火曜の夜は、オフィス全体が大忙しだった。苦戦しつつ、どうにか自分の担当分を終わらせた落合が手荷物をまとめて席から立つ時には、まだ大半の人間がオフィスに残っている。
(…もしかして、と。…あっ。)
落合は見つけた。鬼上司が、ノートパソコン前で頭を抱えながらうんうんと唸っている様を逃しはしない。
浮かれてスキップしそうになる足を抑え、落合は極めて平常運転で上司のデスク前に立つ。
「…我妻さん、もしかして残業コースですか??」
落合はにやけそうになる口元を必死に抑え、やんわりと声をかけてみる。すると、鬼上司は額に手をやりながら、一言。
「失せろ。」
有無を言わさぬ態度に、落合の機嫌は斜めになる。
「え~。ちょっと、労いの言葉をかけようとした部下に失礼な。」
「失礼はどっちだ。残業が決定して弱っている上司の顔面蹴りつけて楽しいか、お前。」
相手に目的を言い当てられ、落合はうぐっと言葉に詰まる。…深呼吸を一度してから、落合は上司のデスク…ノートパソコンの影に片手を置く。
「いやいや、まさか。そんなつもりは毛頭ありませんって。ほら、一緒に帰れるなら、どうかなって誘いたかったんですよ。あの日の夜以降、まだ一度も飲みに行ってないし。」
「それ以上、無駄口叩いて俺の仕事を邪魔するようなら容赦しねぇぞ。」
ぎろり、とこちらを睨んでくる我妻に、部下はじりじりと後退する。…やはり、我妻にとって部下との体の関係を持ってしまった金曜の夜は、地雷ワードになっているらしい。
「は、はいはい。お疲れ様でした。先に失礼しますよ~、っと。」
落合は話を長引かせようとはせず、すごすごと戦略的撤退を選んだ。
日付が変わる頃。ようやく、我妻の仕事に一区切りがついた。しょぼつく目を和らげようと眉間を指で揉み、最後の気力を振り絞ってノートパソコンの電源を落とす。
(は~、終わった。)
パソコンを閉じたところで…我妻は気がつく。
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