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我妻はキャリーケースを引きながら、エレベーターに乗り込み、『閉じる』のボタンを押す。…扉が閉まっていく音を耳にしながら、我妻はほっと胸をなで下ろした。
(落合がゴネるかと思ったら、あっさり解放してくれて助かった。)
ひょっとして自分は無自覚に部下を求めているのだろうか…。まさかな、と我妻が一笑しかけた、矢先。
がこっ、と鈍い音がして締まりかけていたエレベーターの鉄扉が力尽くでこじ開けられる。
(な…っ。)
我妻は眉を顰め…やがて腕組みして、口を開く。
「…何してんだ、落合。」
「ぬぐぐぐぅ~…っ」
歯を剥き出しにして鉄扉と応戦する部下に、我妻は無慈悲に背中を向ける。…俯いた顔が、ほんのりと赤い。
「…いっ、言っとくけど、たった二日の出張だかんな!!今生の別れも、行ってきますのキスもなしだからな!!」
「いや、違うって…先輩!!連絡先、交換してなかったからこのタイミングにでも、って!!」
我妻は慌てて部下の方を向く。鉄扉に拒まれかけている落合を、エレベーター内に引っ張り込む。
「はぁ…。ちょっぴり死ぬかと思いましたよ。」
えへへ、と笑いかけてくる落合に上司の良心がキリキリと痛み出す。
「そ、そうか。わ、悪かった、落合。俺はてっきり、お前がその…バカップルみたいな真似したがって、はしゃいでいるのかと…。」
しゅんと頭を落とす我妻に、部下は眼前で手を左右に振る。
「あはは。やだな。誤解しちゃったんですか、我妻先輩。」
…かと思えば、真剣そのものの表情で瞳をついと眇める。
「…そっか。でも、勢いで行ってらっしゃいのキスは大アリだった。」
「お゛い゛。…あんまり調子に乗るなよ、お前。」
気づかない内に、荒い声を発する我妻であった…。
宙天にあった太陽は、やがて西の山々の間へと没していく。夜空に散りばめられた星々が、思い思いに輝きだした頃。落合は上下紺色のスウェット姿で、自宅のベランダへと出ていく。足にサンダルをつっかけて、赤錆た手すりに掴まりながら、携帯を耳に当てる。
数コールの末、電話相手の声が返ってくる。
『…はい。』
「もしもし!!俺です!!落合です!!」
『…いちいち語尾を弾ませんでよろしい。…我妻だ。今朝ぶりだな。』
落合は顔中を綻ばせ、携帯を握り直す。
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