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酒の肴に最適じゃない、織戸はくるりと踵を返す。
「こんな愉快な話ったらない。」
次の瞬間、落合の顔から血の気が失せた。
「みんなに、可哀想な我妻の話を聞かせてやんないと。」
落合は咄嗟に、織戸の片腕を取って強く引っ張る。織戸が悲痛な叫びをあげる。
「やめてよっ!!話してっ!!」
甲高い声で喚き、暴れる織戸に反応して、我妻が忠犬を呼ぶ。
「落合!!」
刹那。我妻と部下の視線が、絡み合う。我妻は、年下の男の心底痛そうに歪められた双眸を認め、瞬間、呼吸をとめた。…それでも、年上の男は喉から声を絞り出して、落合に命じる。
「…離してやれ。」
落合の握力が緩む、織戸が身体を捻って、男の腕を振り払い、逃げていく。落合は、即座に彼女の背を追った。
後に残された我妻は壁に背を預けると、ずるずるとその場に屈み込む。伊月の声が耳に生々しく蘇ってくる。
『今なら、まだ傷は浅いんだ。ノンケなんかやめて、同じ世界が見えている相手と付き合うべきだ。』
指を組んだ腕を前に突き出して、屈み込んだ足と胸の間に顔を埋め、我妻は口を開く。
「…落合。」
建物の外から、さあさあという激しい雨音が聞こえてくる。
「そこは、織戸を追うんじゃなくて俺の傍を選べよ。バァカ…。」
寒いよ、と我妻は呟く。誰ともなく、囁いて、己を抱きしめる。…早く、温めに来い。
織戸は、さっきまで大好きだった人から逃げていた。
エレベーターはタイミング悪く閉まっていたから、普段は緊急用でしか社員が使わない階段を使って、上に逃げる。落合が追いかけてくる。しつこい、と内心腹を立たせながら、織戸は階段の果てにあった扉を大きく開け放つ。扉にはホコリに塗れた張り紙が一枚つけられている。黒いペンで極太の文字が綴られている。『屋上、所々劣化しているので進入禁止!!』。織戸が勢いよく扉を閉めると、張り紙はあっけなく傍に落ちる。床に落ちた紙を、彼女を追いかけてきた落合が踏み潰す。…張り紙に幾重もの皺が寄った。
…扉の向こうは、荒れ果てた屋上があった。足元には、灰色の石のタイルが連なっているが、タイル同士の隙間のあちこちから雑草が伸び、景観は残念としか言い様がない出来だ。
赤錆た手すりは何やらぐにゃぐにゃと曲がっていたり、すっぱ抜けているところが多く、寄りかかったら人生が終わりそうな気配すらあった。
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