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★★★★★★ 君が悲しみに泣き叫んだあの夜も、どこかの誰かは愛に癒されていたんだって、 ☆☆☆☆☆☆
★キューピッドよ矢を射るな、恋の自覚にはまだ早い
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★キューピッドよ矢を射るな、恋の自覚にはまだ早い
拝啓
寺島洋一様
なんの望みもないことは重々承知の上で、僕はこの手紙を書きます。君が僕のことをいじめるようになって、早一年が過ぎようとしています。
いじめの始まりがどこからだったか、よくわかりません。シカトしたり陰で笑ったり、あからさまに僕を迫害するようになった君も君ですが、僕にもそれなりにいじめられる原因はあったのだと思います。
僕は世の中の人全員と仲良くできるようなスキルも容姿もありません。口下手でビビリで、自慢しぃで卑屈です。けれど僕は、勉強が得意で家族に愛されて、映画が大好きで、将来は超有名な映画監督になってバカ売れしたいな、なんて考える、普通の高校生でもあります。
僕は今、クラスにひとりも友達がいません。というか学校全体です。一部のグループがいじめたら、それはあっという間に広まるんですね。
寺島くん。
僕は君になにかしましたか。
覚えがありません。同じクラスになって、挨拶を交わしたかどうか、ってレベルです。
もういじめないでください、とは言いません。何故ならば、これは遺書なので。
封筒に書いた通りです。これは遺書です。
さて、願わくば、僕は君に答えて欲しいことがひとつあります。それは上記のことではありません。
君が僕を見る視線が。
他の人とは違うのに気付いたのは、いつだったか。ただの侮蔑や憎悪ではなく、なにかこう、もっと色付いた、温度のあるものだと、僕は感じています。
明確に言葉にはしません。たぶん君は、自分でもそれを認めるのが嫌で、僕を追いやることに決めたのではないでしょうか。それなら、僕が君を追いつめるのは、なしにします。いじめられたことは許せませんが、だからといって君の心のやわらかい部分を踏みにじることは、世界の誰にも許されていないことです。
明日、朝の5:00。
僕はマツノウラ駅東口の、黄色いパチンコ屋の屋上から、飛び降ります。あの建物は、隣のドラッグストアとの間の狭い狭い路地の中へ入ると、裏に古びた階段があるんです。
もし君が、僕に死んでほしくないならば、屋上に来てください。ちなみに僕が死んでも、いじめのせいにされることはありません。親にはそう思わせる手紙を書いたので、君たちはたぶん、ちょっとの間、生徒たちに疑われるくらいです。
もし僕の思いが間違っていないならば。悪かったと謝ってください。その視線を、僕にぶつけてください。君の犯した過ちは、僕を傷つけたことじゃない。君が君を裏切っていることだ。どうして君は、友達もたくさんいて、スポーツもできて、女の子とも普通に話せるのに、たったひとつの気持ちをここまで見ないふりをしたんだ。可哀想に。だからこんなに、悲惨なことになってしまった。
以上です。
字が汚くてごめんなさい。死ぬのは怖いです。8:30の学校にすら寝坊して遅刻する君が、朝の5:00までに駅まで来て、さらにあの長ったらしい階段をのぼってきてくれるのか。
それを考えると、人生最後に笑える気がします。
草々
中谷淳
「…………どういうことだよ」
朝。
5時。
屋上。
そろそろ朝日の昇る、うすら寒い青色を背中に、中谷は笑っていた。片手でカメラを持ち、俺らに向けながら。
俺は二人きりだと思っていた。
でも違う。今、こちら側には、俺の友達が何人かいる。普段よくつるんでいる友達。俺と一緒に、率先して中谷をいじめているやつら。…………いじめの首謀者は、俺だけど。
他の奴も、手紙は自分だけがもらったと思っていたみたいだ。動揺を隠せない。でも俺は、二人きりでないとわかった途端に、何かがすっきり片付いてしまった。
「なー死ぬの? 死ねよ中谷ぃ」
「ばっか、やめろって」
カメラ回ってんじゃん。いや、回収すれば良くね? つーかあいつ何考えてんの。まじキモいわ。……もうやめようよ。は? 何言ってんの?
なんか横で揉めてる。でも、どうでもいいな、もう。どうせこいつらだって、わかってるんだ。だから、本題から目を逸らしたいんだ。いじめる理由なんか、どこにもなかった。たとえ嫌いになったって、シカトとかハブいたりとか、そんなことする必要性がどこにもなかった。執拗にあいつを観察しては、いちいち揚げ足取って嘲笑する意味は、なかった。なんとなく、あいつはいじめる対象で、どれだけ酷いことが出来るかで、友達同士、変な強さを争ってた。無駄なことを、していた。
俺の様子がおかしいことに気付いた友人は声をかけてくる。なにしろ、グループのリーダーは俺だ。今まで自分がしてきたことを認めたくないから、窮鼠猫を噛む心境で、いまだに中谷に暴言を吐く奴もいる。なあ、もういいだろ。終わったんだ。俺たち、あいつに負けてんだよ。
ここへ来てから、まだ一言も発してない俺は、深く息を吐いて空を眺める。
灰色と青を混ぜて薄めた色が、やがて黄色に、そして薄紅へグラデーションしていく。目の前は朝だ。頭上は、まだ夜。そして背後は、もっと完全に夜の空だ。
「なー、てっちん。どうしたんだって」
心配する友人を一瞥し、俺は中谷をまっすぐ見る。
何かに似ている。
ああ、弓道か。
「悪かった」
俺の言葉に、その場が静まり返った。
中谷はもう、笑ってない。
「悪かった。……もう、いじめない」
朝の清らかな風。美しい空。こんな中で、嘘はつけない。
見つめあっていたら、なんだか口許がゆるんだ。片方の口角が、自然とあがる。
「…………悪かったよ、中谷」
むこうも、にやりと笑った。
「……許すよ」
「つーか、なにそのカメラ。自分の」
「あ、うん。たまに動画撮ってて……」
俺はてろてろ駆けてって、中谷のそばに寄る。残された友達は、なんなのあいつ。まだ戸惑ってる。
それから映画の話。俺は友人ひとりひとり名前を呼んで、こちら側に来させる。帰る奴もいた。あとは追わない。
みんなで、あっという間の朝焼けを眺めながら話した。ぎこちない空気を無視して、俺はべらべら話す。どんだけ映画好きなんだよ。鈴木はマーベル好きだよな。高尾もこの前、その映画観たって言ったじゃん。中谷が一番おすすめの泣けるやつってどれ?
俺が不器用ながらも、丁寧に会話を繋げようとしていくのを、友達は察してくれて、そのうち普通に皆で笑えるようになる。駄目だ。俺ら、バカだからさ。こんな綺麗な景色で、屋上で、ただそのシチュエーションに飲まれちゃうんだよ。
学校にむかう途中、二人で話した。
「……おまえさ、さっきの。撮ってたの」
「え、うん」
「なんで?」
「……て、らしまくんが、あの、言葉、言ってくれるかなって」
「言ったけど。なに、それ撮りたかったの? なんで?」
「君、かっこいいから。よく映える」
「……………」
「…………ごめん」
「……べつにいいけど。おまえさ、映画監督なりたいの?」
「あ、うん」
「脚本書ける?」
「え……作ろうと思えば」
「映画撮ろうよ」
「えっ」
「おまえの好きなようにでいいからさ。俺映るから。そんで文化祭で流そうぜ」
「えっ…………いいの?」
「いいよ。楽しそうじゃん」
「……わかった。書く」
「…………俺はなんでもするからさ、あいつらがやったことも、許してよ」
「…………うん。わかった」
そして、中谷が撮った映画は。
俺とそいつのW主演。
昔交わした約束を、もう果たせない俺が、それをごまかすために中谷をいじめ、中谷はそれでもひたむきに、あの日の約束を―――――――って。
何がすごいって、いじめのシーンはガチで授業中やら放課後に隠し撮りしました、みたいな構図。もちろん、皆にも協力してもらったんだけど。
他にも、素人さを逆手に撮った、ぶれたりノイズ入ったりが上手い具合にシーンと絡み合ってる。
この映画を撮るために、ふだん中谷はいじめられてました、実は全部映画のためでした、みたいになって、奴は一躍、学校中の人気者になった。
「…………なー、あいつ。もしかして、すごい奴なんじゃね」
「…………だな」
俺は友達とだべりながら、珍しく女子に話しかけられている中谷を眺める。うーわーきもい。たかが話すのに、そこまでテンパるなよなあ。顔真っ赤だぞ。
仕方ないので、助けてやる。
名前を呼べば、奴がほっとした顔でこちらを見て、笑った。
★終
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