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どれくらいの時間が経ったんだろうか…
一向に離してくれない彼を見つめることしか、俺にはできない。
[愁様ぁーー!!]
桃華の声が段々と荒くなっていく。
きっと怒ってるんだろう。
「…桃華が…」
『名前…』
「は…?」
『僕の名前。』
「………。」
[まさか離れにいらっしゃるのかしら…]
不味い…桃華がこっちに来てしまう…
一人焦っていると、彼が離れて行った。
『ここにいるよ。』
[愁様………何故…其処に?]
『彼を追ってきたんだけれど……どうやら居ないみたいだ。』
俺に一度視線をくれたが、すぐに桃華の方へ向いた。
まだ心臓が強く脈打っている。
『君はどうしてここまで?』
[血相を変えて走って行かれたから…]
『そう………』
心の何処かで、しつこいなぁ…と、毒づく。
『今戻るよ。』
そう告げて窓の襖を閉める。
振り向くと彼が困ったような顔をしていた。
『どうかした?』
「………いえ…。」
『あ。』
「?」
『木蘭君は、いくつ?』
「…………は?」
『歳だよ歳。』
「……2…6…ですけど…」
『同い歳じゃないか!』
そう言いながら彼に近づくと、また彼は一歩下がった。
少しだけ胸が痛んだ…
どうしたらこんな風になってしまうのだろう…
いったい幾つから此処の離れにいるんだろう…
知りたい事が多すぎる。
聞きたい事が多すぎる。
『僕、君と仲良くなりたいな。』
「………。」
『駄目かい?』
「だ…だめ、じゃない………けど…」
駄目じゃないけど…周りが許さないだろう。
そう思うと何も言えなくなる。
「けど………」
その先が出てこない…
俺だって仲良くしたい?
こんな不純な気持ちを抱いたままで?
駄目だ…
「……っ…………申し訳御座いません、私の様なものが雛方家の御子息様と、だなんて…勿体無いお言葉です………ですが、御子息様の汚名になってしまうのは心苦しいです。」
『そんなことは』
「妹の事…宜しくお願い致します。」
彼の言葉を遮り、わざと妹を強調した。
そして、彼の顔を見ずにその場から立ち去る。
これで良いんだ…
これで…
良い筈が無い。
何て苦しそうな顔をしていたんだ…
『………っ』
どうしてそんな顔をしている彼に何も言ってやれなかったんだ…
自分に腹が立つ。
固く閉ざされた彼の部屋へ続くであろう襖を睨み付ける。
[愁様…?]
『あぁ…今行くよ。』
[…どうかなさったのですか?哀しそうな顔…]
頬に添えられる細く小さな手…
優しい人の手…
ゆっくりと目を瞑り、その手を掴む。
『戻ろうか…』
[はい…。]
いつか、彼の手もこうして繋ぐことが出来たのなら…
どんなに良い事か。
[…………。]
寒い季節がやってきた…
あの日から彼と顔を合わすことは無かった。
「はぁ………」
白い息が口から出て行く…
相変わらず食事会は開かれているようで、母屋は賑やかだ。
離れの庭から渡り廊下が見える。
「…………。」
彼がいる…
嗚呼、胸が締め付けられる。
どんなに想っていても届かない。
届いてはいけない…
苦しい…
届きもしないのに手を伸ばす。
すると、彼が此方を見た。
まるで時が止まったかの様に、体が動かなくなった。
周りの音も段々と遠くなって行く。
聴こえてくるのは自分の脈打っている心臓の音…
息がし辛い。
全身の血が沸騰するかのよつに熱く、身体中を駆け巡って行く。
「あ…………」
『……。』
彼が微笑み、手を振る。
近づいて来る…
中に入らなければ…
頭では分かっているのに身体が動かない。
こんな外で………見られてしまったら…っ…
今日はいい日だ。
あの日から会えなくなってしまった彼に…会えた…
軽く小走りしている自分に驚いたが、何よりも彼に会いたかった…その気持ちで溢れている。
彼の目の前まで行くと、周りの視線が刺さった。
『……?』
まるで、珍しいものを見るかの様で……
居心地が悪い。
彼に触れようとした瞬間…
《雛方愁様。》
凛とした声が響いた。
振り向くと其処には、威厳を纏った女性…藍染百合(アイゾメユリ)さんが居た。
『…こんにちは、百合さん…本日も宜しくお願い致します。』
《こちらこそ………そのような所で何をしてらっしゃるのです?》
『椿がとても綺麗だな…と。』
にこやかに答える僕を切れ長な目で見つめる…
《其処は不純な場所です。くれぐれも近寄らせぬ様、相楽に申し付けた筈なのですが…お聞きになっていませんか?》
『…さあ?そのような事は一度も。』
不順な場所………ね…
《左様でございますか………では、くれぐれも近寄らぬ様に願います。》
『はい、分かりました。』
《………。》
まだ何か言いたげな瞳を向ける百合さん。
きっと分かっているのだろう…僕の後ろに彼が居る事を。
《…あと少しで食事会が始まりますよ。》
そう言い残すと、踵を返し宴会場へ戻って行った…
何故か百合さんと言葉を交わす時は緊張してしまう。
『はぁ…………』
ため息を吐き出し、後ろを振り向く。
「…っ…」
振り向いた事に驚いたのか、肩をビクつかせた彼をゆっくりと見下ろす。
『今日も出席は…?』
「しないです。」
『即答だね…』
此方を見ず、そう答えた彼…
彼自身参加したくないのだろう……
きっと親族からの蔑みも入ってる…
拳をきつく握り締める。
僕が言っても意味がないのは重々承知の上だ。
それでも何か、彼の為に出来る事は無いのだろうか…
虚しい怒りだけが何時までも…残っている。
彼は何をしに此処へ来るのだろう。
嬉しそうに…悲しそうに……そして、怒りを抱えたまま去って行く…
何がしたいんだ。
無闇矢鱈と俺の心を見出していく。
いつか自分の気持ちが口から零れ出るのではないかと…
彼が…少しだけ…怖い、のかもしれない…
「嗚呼………苦しい………」
深く深く溜め息を吐く…
吐いた息は白く染まりながら、上へ上へと昇って消えていった…
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