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第二章【文通】
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スラスラと動かしていた手を止める。
急に文など迷惑ではないだろうか…長々と書き連ねておいて今頃その疑問を抱いた。
内容はただの戯言ばかり…出会い頭に何度も叩いて追い出そうとした事や、お目汚しをしてしまった事についての謝罪…
この様な内容でしかも唐突…失礼極まりないだろうか。
「うーん………」
〘何を唸っているんです?…………文?〙
「!!」
すぐ後ろから声が聞こえ、驚く。
振り向けば相楽さんが居た…その視線は今書き留め途中の文へ向かっている。
慌てて覆いかぶさり隠すと、クスクスと笑われた。
〘珍しいですね、木蘭様が文なんて……何方かにお出しになられるので?〙
「………。」
〘もしかして…御子息様ですか?〙
「そ!…んなこと…は……」
吃る俺を見てか、余計に笑い出す相楽さんを少しだけ睨む。
視線を気にする事も無く、お茶を入れ始める…
〘何だか最近、明るくなられましたね。〙
ふわりと微笑んだ相楽さんは、嬉しそうで…
何だか居心地が悪くなった。
「そう…ですかね…」
〘えぇえぇ…前までは笑いも照れもしなかったではありませんか。御子息様のお陰ですかね…〙
「まだ茶化すんですか…やめてください……。」
〘茶化すだなんてそんな…本当の事をお伝えした迄ですよ。〙
それでも相楽さんの顔は笑っていた。
出されたお茶で俺は喉を潤すフリをしながら、彼の事を考える…
俺はこんな不純な気持ちを抱いている…けれど彼は俺と仲良くなりたいだけ…それ以下でもそれ以上にもなれやしない。
苦しくないかなんて…考えなくても分かる…
それでも…それでもこれ以上、なんて望んではいけない。
妹の婚約者で…婚約者の兄で……
置かれてる環境が少し違う…珍しいからきっと彼は…
俺自身を、なんて…考えてはいけない。
〘深くお考えにならなくても、仲良くなる為の口実で文を出すだなんて…良い事ではないですか?〙
「……。」
俺の心を読んだかのように、相楽さんの口から言葉が出た。
〘男同士でしか、話せない事もありますしね。〙
「………。」
〘先ずは相手を知るところから始めてみたら如何でしょう。〙
微笑みながら相楽さんはお茶を啜った。
相手を知るところから…か…
昼時になり、ふと庭先を見つめる。
椿がはらはらと木の元へ落ちていった…
綺麗だ…だが儚い……まるで彼の様だ。
綺麗だが儚く散ってしまいそうで…けれど、凛としている…
『………ふふっ…』
嗚呼…まただ。
また彼の事を考えている…
こんなにも自分の中が彼に満たされていく…幸せだ。
彼が他の者と違うから、だなんて…そんな浅はかな理由ではない…
彼の事が…好きだ……愛している。
初めての事で自分自身如何したら良いのか、探り探りであるが…彼の喜ぶ顔や、照れる顔。
全てを暴きたいと思ってしまう…優しくしたい……愛を注ぎたい。
他人に触れられ、穢されたその心と身体を…浄化し、癒やしたい。
自分の欲求がこんなにもあった事に少し戸惑うが、それよりも彼の事で一杯になる。
『ああ…会いたいなぁ…』
彼に会う、ただそれすらも許されなくなってしまった…
離れにはもう近づく事さえ許されない…
婚約者として、兄と仲良くなる…そんな体で行ったとしても、きっと百合さんにバレてしまう。
なんせ、あの家では彼の存在を無かった事の様に扱っているから…
そんな事を考えながら、椿を手に取った。
ひやりと冷たい…けれど、どこか優しい…
あの離れの中もそうだった…
きっとそれは、彼が優しいからだろう。
忌々しい行為が行われている場所…そう思うと腹が立って仕方が無い。
壊して…全て無くして塗り替えてしまいたい…いっその事俺だけしか見れぬよう連れ去ってしまおうか………
ドス黒い感情が沸々と沸き上がって来る。
<愁様?如何致しました?その様な薄着で庭に出て…何か気に触るものでも?>
振り向くと、洗濯籠を抱えた楓が立っていた。
『いや、何も問題は無いよ…椿が綺麗だなと思ってね。』
<でしたらお部屋に生けましょうか?>
『そうだね…宜しく頼むよ。』
<承知いたしました。>
お辞儀をした楓はそのまま去って行った…
気が付けば手元にあった椿は……握り潰されていた。
せっかく綺麗だったのに残念だ…。
脆く儚い…
やっとの思いで文を書き終えた。
つらつらと言葉を選び、書いていた…その結果6枚もの文が出来上がってしまった。
「………。」
唐突な上にこの量…流石に申し訳なく感じてきた。
相楽さんも共に、どのような文法を使うべきか…など、助言をしてくれていた。
二人して厚みのある文を見つめ、吹き出してしまった。
〘いやぁ…あれもこれもと書いちゃいましたね。〙
「そうですね…」
〘伝えたい事、聞きたい事…全部詰まっておりますから…大丈夫ですよ。それでは、私が明日までに届けます。〙
「お願いします。」
相楽さんに文を渡した。
返事が来なくとも構わない…書いたことに満足した。
初めての事が彼で、とても嬉しい。
6枚になってしまった事は少しだけ申し訳無さがあるが…
どうか…どうか届きますように…
そう思いながら庭先の花に目を向けた。
離れに行けなくなってしまった。
だから藍染家にも行かなくなった。
つまらない日々が戻ってきたようで…つまらない。
まるで世界に色が無くなった様にも思えてしまう。
『…ん?』
ふと気配を感じ、身を構える。
誰だろうか…………少しばかり緊張が走る。
が、顔を見せたのは……相楽だった…
安堵をし、肩の力を抜く。
『なんだ…相楽か……』
〘驚かせてしまいましたか?〙
『茶化すなんて酷いなぁ…』
〘すみません……あ、こちらお届け物です。〙
相楽から差し出されたのは…文だった。
少し厚みがある…一体誰が…?
いや…相楽が持って来たという事は……
勢い良く顔を上げ、相楽を見ると…微笑んでいた。
『ありがとう…返事はすぐ書いて楓に渡すよ!』
〘ふふっ……お待ちしております。〙
更に微笑んだ相楽は、そのまま去って行った。
暫くした後、楓の悲鳴らしき声が聞こえたが…きっと相楽と鉢合わせでもしたんだろう……二人は一体どんな関係なんだろう…
いや、今はそれよりもこの文を開けたい。
一刻も早く…彼がどんな字でどんな事を書いたのか…
嗚呼、嬉しさが込み上げる。
唐突に世界が色付き始めたようだ…目眩がするほど眩しい…
〘只今戻りました。〙
「…!」
しっかりと届いたみたいだ…嗚呼、動悸が五月蝿い。
ちゃんと伝わるだろうか…ちゃんと読めるだろうか。
綺麗に書いたつもりだ…でも、汚いかも知れない…
嬉しさ反面、恥ずかしさがある。
〘とても喜ばれて居りましたよ…良かったですね。〙
微笑みながら相楽が放った言葉に、また一憂する。
返事はいつ来るだろうか…嗚呼、急かしたら駄目だ。
だけれど早く届いて欲しい。
どうか愛しい貴方に届いて欲しい…この想いを少しづつ乗せた文達が…
そして気が付いて欲しい…嗚呼、やはり気付かないで欲しい。
目まぐるしく感情が交差する。
自分の事なのに自分の事じゃないみたいで…なんだか忙しい。
嗚呼…嗚呼…
文を出して良かった…
ありつつも君をば待たむうち靡く
わが黒髪に霧の置くまでに---------………
早く…早く封を開けよう。
急かす心とは裏腹に、優しく封を切る。
『………美しい字だ…』
思わずそう呟いてしまうほど…彼の字は綺麗だった。
まるで女人が書いたかのように細く、それでいて力強い字…
文字は性格を表す、とも言う…彼らしい字だ。
一つ一つしっかりと目に留め読み進める…
最初の1枚はあの日、俺が彼の背中を見てしまった時の事…
叩いてしまった事をどうやら気に病んでいたらしい…可愛らしくて思わず笑みが溢れる。
俺は気にしていないのに…寧ろ、彼に初めて近づけた最高の日だった。
そして2枚目…
彼がどんな事をされているのかを知った時の事…
深くは触れられておらず、ただ目の前で嘔吐してしまった事の謝罪。
今の所全て謝罪だけなのだが…大丈夫なのだろうか…
恐る恐る3枚目を見ると、内容がガラリと変わっていた。
先ずは自分の名前…そして最近庭の花々を眺めるのが趣味になったと言うこと…
俺の知らない彼がそこには綴られていた……謎の高揚感が芽生え、少しだけ手先が震え始めた。
趣味…好きな食べ物…好きな色……今度は質問攻めだ…
思っていたよりも彼は好奇心が強い人らしい。
『ふふ…っ…』
そして最後の文に、直接ではなく離れから文を送る事になった事をお許しください。と謝罪で終わった。
それは…小さな期待の様にも捉えられる気がした…
離れにならちゃんと届く…という期待…
嗚呼、何て返事を書こうか…
全てに答え、全てに質問したい。
全てを知りたい…
こんなにも愛おしい。
文を渡した翌日、直ぐに返事が届いた…
相楽がとても嬉しそうな顔をして、渡してくれた。
俺の文よりも少しだけ厚みがある様な…
「………。」
胸に抱き留め、破らないよう慎重に封を切った。
彼の字はこんな風なのか…
字までもが格好が良い。
自分が問いた全てに答えてくれた…そして、お返しと言わんばかりの質問。
嗚呼…優しい…なんて好い人だ…
次は何を書こう…庭の花々の様子でも書こうか。
楽しさの余り色んなことを書きたくなっていく事が、自分の中で珍しくて…戸惑うばかりだ。
直接会えたらどんなに嬉しいか…けれどそれは許されず、ましてや自分が会いたいが故に…だなんて口が裂けても言えない。
言える…立場ではない……
今日は"あの日"だ……嗚呼、嫌だ。
文を何度も何度も読み返した後、その事を思い出してしまった…
あんな事をした後に彼への言葉を考え、綴るのは何だか気持ちが悪い。
今日はやめよう…明日気を取り直して読み返し返事を書こう。
「………嫌だ、なぁ…」
そんな言葉が言えたらどんなに良い事か…
一人虚しく涙を流す…
醜い俺が人を愛するなど到底叶わぬ事だと痛い程知る。
いや、知っていたのに…こんなにも愛してしまった。
醜く汚い…この俺が……
迷惑極まりない筈だ…
嗚呼、想いは決して告げません…だから御仏よ…
どうか今日だけは彼を想って抱かれても良いでしょうか…。
「…ゔっ……んっ…」
〚何だァ…?今日、はやけに…っ…イイじゃねぇか…〛
「はぁ…っ……んんっ…」
彼はどんな風に抱くのだろう…
きっと優しく…それでいて激しく抱くのだろうか。
〚好きな男でも…っ…想像、してんのか…よっ…!〛
顔を掴まれ、強制的に目を合わせられる。
やめろ…俺から彼を消さないでくれ…
ギュッと目を瞑る。
彼がまた戻ってくる…嗚呼、愛しています…お慕いしています…
嗚呼、嗚呼……
〚…っ………お前が今誰に抱かれてんのか…ちゃんとその目で見ろよォ…!!!〛
左頬に衝撃が走り、視界が眩むと同時に口の中に鉄の味が広がった…
俺は今…殴られたのだ。
目を開けると、そこには姿見があった…
「あ………あぁ……っ…」
淫らに足を開き、排泄する場所は男根を離すまいと喰い貪っている…
そして何よりも…自分の顔が汚らしかった…
違う……違うんだ……これは…これは………っ…
嗚呼……嗚呼っ…………俺は汚れている…っ!!!
こんなの………っ…こんな…っ……
その日はやけに長く、辛かった……
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