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『久方振りだけど、やはり此処は何時来ても凛としているね。』
〘ようこそお越し下さいました。〙
『やぁ、相楽。』
挨拶もそこそこに、門を潜れば…
目敏く相楽は後ろに控えていた楓を見つけ、目を分かりやすく輝かせた。
〈うげっ…こっち来んな!!〉
〘かぁ〜えぇ〜でぇ〜、そんな邪険にするなんて酷いじゃないかぁ!〙
仲睦まじく追いかけっ子を始めた二人…取り残された俺は呆気に取られながら、他の従者の後を付いて行く。
都合が悪く…と変な前置きをされ、彼女が居ない旨を伝えられた。
それはそれで好都合だな…
けれど顔を見ずに帰るのも怪しまれると思い、帰宅したら少しだけ談笑でもしてから帰るとするか。
そんな事を思いながら、百合さんへの挨拶もそこそこに母屋を出た。
『では、顔だけでも見たら帰ります。それ迄居ても?』
《もちろんでございます。》
『ふふ、助かるよ…おや、庭先の花々が芽吹きそうだね…』
それとなく自然に、俺は庭へと辿り着いた。
側に控えていた従者は、縁側にお茶請け等を置いて去っていったのを見て…ゆっくりと離れへと距離を縮める。
彼は出て来てくれるだろうか…
『………。』
近くの木に寄り掛かり、冷気を孕んだ風に当たる。
低木達によって俺の姿は母屋から見えない…けれど、離れの円窓からはよく見える位置。
何度か足を運んだ甲斐があって、見つける事ができた。
嗚呼…早く顔を出してくれないか、愛しい君よ…
『…!』
そう思った瞬間、願いが通じたかのように円窓の障子がゆっくりと横へ移動した。
ひょっこりと顔を見せた彼…
此方に気付いていないのか、庭へ目をやり忙しなく頭を動かしている。
一頻り見渡した後に、縁側の方を覗き込むように身を乗り出して…その身体は傾いた。
『危ない…!』
「ぇっ……あっ!」
危うく落ちそうになったその身を優しく受け止めれば、顔を赤く染めた彼は不思議そうに俺を見つめていた。
嗚呼…愛らしい。
素早く俺から見を離してしまった彼は、少し乱れた襟元を正すと恥ずかしそうに顔を両手で覆った。
「も、申し訳ありません………」
『いや…怪我が無くてなによりだよ。』
絹の様に軽かったな…なんて、的外れな事を考えてしまう。
文では良く会話をしていたとはいえ、随分と会っていなかった…
今更ながら何を話せば良いのか分からなくなってきた。
少しばかりの沈黙…
けれど、心地良い。
「あの…どうして此処に?」
『うん?あぁ…君に会えないかと思って、ね。』
「っ…」
『ふふふ…』
縁に添えられた白く細い手に触れながらそう言えば、彼はより一層顔を赤らめた。
『身体の具合は…?』
「…至って健康です、文にも綴りましたでしょう?」
『そうだっけ?』
「恥ずかしい事を態々口に出せと…?意地悪なお方…」
『あははっ、ごめんごめん…』
文の効果もあってなのか、以前より砕けた雰囲気で話せている気がする。
触れた指先も…払われない。
それが何より嬉しくて、つい顔が綻ぶ。
『そうだ、蝋梅の蕾…見たよ。きっと綺麗に咲くだろうね…』
「!本当ですか…!」
『あぁ、日当たりも良さそうだし…剪定も君が?』
「ほんの少しだけ…殆どは相楽さんが…」
『そうかそうか、君が手塩にかけたんだ…開花が待ち遠しいね。』
「ふふふ…」
嬉しそうに笑う声が、鼓膜を刺激して身を焦がす。
ついその感情が表立ってしまい、手の力を強めてしまいそうになる。
こんなにも可憐に微笑む姿を見せるなんて…意地悪なのは何方やら…
『開花と言えば、俺も燕子花を植えたんだ…』
「燕子花!」
『おや?好きかい?』
「えぇ、でも…」
『?』
「何度も挑戦したのですが、成功したことが無くて…いつも根腐れを…」
『あれは少し難しいからなぁ…俺も最初の頃は、気を遣い過ぎて水を与えてしまってたな。どうやら、意外と強い子らしい。』
「ふふふっ、そうみたいですね。」
『今度綺麗に咲いたら……いや、何でもない。』
見に来て欲しい…だなんて、口が裂けても言えないな。
彼はこの離れから出る事は叶わないのだから…
『あ。』
「?」
『植え替え時期になったら、一房此方に持って来ようか。』
「良いのですか?!」
『もちろん。』
「枯れさせないよう頑張ります!」
『うん、そうしてくれ…』
嬉しそうにする彼がとても愛おしく、つい抑えていた手が頭に触れてしまった。
細くて綺麗な黒い髪は、とても触り心地が良い…
長く堪能したかったのだが…どうやらそれは叶わないらしい。
〈愁様〜!〉
『ん、楓…撒けたのか?』
〈……無理ですよ、俺がコイツを撒ける日などありません。〉
〘楽しかったね、楓。〙
〈何がだ…俺が疲れただけだぞ?!!〉
足音と共に、身を引っ込ませてしまった彼を見つめる。
薄暗い室内で自己嫌悪に陥っているのか、頭を抱えながら悶ている。
〘愁様、余り木蘭様を苛めないでくださいよ。〙
『苛めてなんか居ないさ、人聞きの悪い…』
〈あ!あれが噂の…!〉
〘"あれ"とは失礼だな。〙
〈…………。〉
円窓から彼を覗き見た楓は、目を見開いて固まった。
ふふふ、そうだろう…驚くだろう。
なんて…誰から目線なのか分からない感情を抱いた。
〈え…嘘…美人過ぎ……〉
〘………。〙
彼が既にこの屋敷へ来ていたのも驚いた。
彼に触れられて受け入れていた自分にも驚いた。
未だ円窓の側で談笑している三人を見て、更に驚く。
頭を上げて、ぼんやりと見つめていれば…ツキリと胸が傷んだ。
俺が今居る場所は薄暗くて、向う側は明るい。
揶揄等ではない…
あの笑顔も、本来は俺が見て良い物ではない。
分かっている。
「………。」
触れられる事を欲しがってもいけない。
分かっている…
こうして遠くから眺めるだけで満足しなくてはいけない。
分かっている、のに…
どうしても縋ってしまいそうになる…
伸ばしかけた手を胸に抱き、抑えていても…目は話せなかった。
『どうしたんだい?そんな奥に居て…ほら、おいで。』
「ぁ…」
俺の視線に気付いたのか、此方へ手招く彼。
優しく微笑むその姿に誘われ、大人しく膝を擦りながらまた縁へと近付いた。
彼の側は暖かい。
『そうだ相楽、先程まで彼と話していたんだが…燕子花を一房此方に持ってきても良いか?』
〘燕子花…ですか。〙
『あぁ、今は既に植えてしまったんだが…植え替え時期に持って来ようと思っていてね。』
〘構いませんよ、木蘭様がいつも枯らしてしまうので…水辺が寂しく思ってましたから。〙
「ちょっと相楽さん…!」
〘ふふふっ…〙
それを聞いて先程の会話を思い出したのか、彼まで笑っていた。
そはもう豪快に…
母屋にまで伝わるんじゃないかと思い、ヒヤヒヤしたが…直ぐに口元を抑え軽く咳払いをして止めた。
どうやら彼も気にしているらしい…
なんだか…秘密の愛瀬の様に感じてしまう。
少しくらい、自惚れても良いだろうか。
楽しそうな彼の横顔を盗み見しながら、そんな事を思った。
『では、そろそろ失礼しようかな…彼女も帰宅したみたいだ。』
〘そうですね…では案内いたします。〙
「………。」
そうだ、彼は妹に会いに来たのだった。
勘違いしてはいけないと、自分でも律して居たのに…
何が秘密の愛瀬だ、馬鹿らしい。
『…そんな可愛い顔をしないでくれよ、離れ難くなるだろう?』
「ぅえっ…!?」
『大丈夫、また来るよ…』
分かりやすかったのか、俯いていた顔を覗き込まれてしまった。
困ったように微笑んだ彼は、まるでそれが本心だとでも言う様にその場から動こうとしない。
遠慮がちに指先で一撫でされた頬に、熱が集まる。
「お、お戯れが過ぎます…!!」
『戯れだなんて…俺の気持ちを分かっているのに、やはり君の方が意地悪だね。』
「な…!」
『ふふふ、じゃあ本当に…名残惜しいけれど、さよならだ。』
「………はい。」
『………。』
「………。」
俺にもう少し勇気があれば…
俺にもう少し自信があれば…
離れていく指先を掴む事が出来ただろうか。
次はいつ会えますか…
次はいつお話が出来ますか…
「…っ…」
心の内で遠のく彼の背へ問う毎に、胸が苦しくなった。
胸を押さえ込んで瞬きをすれば…
俺の目から涙が溢れた。
嗚呼…泣くだなんて女々しい。
そう思うのに止まらない涙、次第に嗚咽が漏れ出そうになった瞬間…
「…ぁ、っ…」
強く身を引かれ、暖かいものに包まれた。
彼の匂いを強く感じる…
後頭部に回された手。
背中に感じる熱…
いや、背中のみでは無い…俺の右半身全てから感じる。
俺は今…彼に抱擁、されて…いる。
『泣かないでくれ…』
「…っ、すみませ…っ…」
『謝らなくて良い……』
「……っ…」
彼の肩越しに、相楽さんと楓さんが見える。
二人共こちらを見ていて…でも、引き離そうとはしていない。
それが何だか恥ずかしくて、つい離れようと見を捩ってしまう。
「あ、のっ…二人が…!」
『少しだけ…お願いをしても良いか?』
「…?」
耳元でそう言い、更に強くなった抱擁。
隙間など一ミリも無くなってしまった…
脈拍が激しくなり、全身に鳴り響いていて五月蝿い。
『もし………君も俺と同じ気持ちであれば…』
「………。」
全身が熱い。
『一度で良い…』
息が苦しい。
『腕を、背に…』
嗚呼…
「…っ……」
俺はもう…戻れない所まで来てしまったのか。
『……頼む…』
身を捩り、自分の両腕を解放した。
震える指先…
霞んだ思考ではもう何も考えられなかった。
「…っ、う…うぅっ…」
目から零れ落ちる涙をそのままに…
俺は強く、彼の背へと腕を回した。
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