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彼から文が届かなくなってしまった。
何も無い日常が、再び戻って来て俺を苦しめる。
「………。」
如何やらあの一夜が母上の耳に入り、芋蔓式で文通も見つかった。
完全なる遮断をされ、相楽さんも俺の元から離れ…今は別の従者が俺の世話をしている。
世話…という程の事は全くされていないが。
離れの掃除も、食も…洗濯すら…
湯浴みの支度も勿論無く、鍋で湯を沸かし濡らした手拭いで自分で拭いている。
初手の時、湯の温度を調節する事なく行ってしまったため軽く火傷をしてしまったのもあって…頭を洗う頻度が減ってしまった。
その時の火傷も、手当の仕方が良く分からず…放置していたのを見兼ねた相楽さんが、隙を見てやってくれたのだった。
「はぁ……寒い…」
すっかり冬になった…
暖炉に火を…と思ったのだが、焚べる薪が底をついてしまった。
それでも、日に当たれば日中は過ごせない訳ではない。
「あ…洗濯…」
そうだった、昨日はあの日で…布団が汚れていたのだ。
慌てて汚れた物を取り出し、洗濯桶を片手に外へ出た。
凍てつく寒さに震えるが、自分でやらなければ放置になってしまう。
放置した時の臭いは…二度と嗅ぎたくない。
「………。」
冷たい水を張り、布を浸す。
もう何度もやっているからすっかり慣れた…
従者の皆はいつもやってくれている、それが何より自分を奮い立たせてくれる。
手先が赤くなって感覚が消えようとも…今の俺以外居ないのだから仕方無い。
寧ろ、こうして一人で出来る事が増えたのだ…有り難いと思わなければ。
殺されなかっただけマシだ…そう、思わなければ…
「………。」
選択を終えた勢いで、落ちた枝を拾い集める。
薪が無くても一先ずは凌げよう…
沢山あるから…捨てるよりかは良い、そう自分に言い聞かせながら離れを一周しかけた頃…植木の影に何かが見えた。
少し警戒しつつ近寄れば、そこにあったのは薪だった。
「…ぇ…」
それは三束置いてあり、つい周囲を見渡してしまう。
一体…誰が…?
そう思いながら影から引き摺り出せば、一枚の紙が挟まっていた。
- お身体に充分気を付けてお過ごし下さい
相楽 -
「相楽…さん……っ…」
薪の送り主は相楽さんだった。
嬉しい気持ちが溢れ、挟まれていた紙を胸へと押し付けた。
担当外になってもこうして気を遣ってくれるだなんて…
出そうになった涙は寒さのせいにし、鼻を啜りながら有難く薪を背負い込む。
拾った枝も共に中へと運び、颯爽と暖炉へ火を灯した。
いつぶりの暖かさだろう…
小さく灯った火へ手を翳し、擦り合わせる。
「暖かいなぁ……」
しん…と静まり返った冷たいこの場所に、間抜けな自分の声が響いた。
「…っ…う、ぅ……」
惨めだ。
そう思った瞬間、今迄耐えていた全てが切れてしまった。
もう誤魔化せない。
止まらない涙と嗚咽…
辛い。
苦しい。
痛い。
寂しい………
〘失礼します。〙
『あれ…相楽…?』
〘………。〙
彼との接触を禁じられ、その上で彼女と会う頻度を増やされてしまった。
三日に一度は顔を出す約束。
屋敷に来ても、離れに近付かないルートで案内され…必ず従者一人が付き添う事になった。
完全に隙など無くなってしまった訳だが…
今日の従者は相楽らしい。
そういえば相楽は彼の専属だった筈…それなのにずっと母屋で見かける事が増えた。
手伝いとかで見る事はあっても、こうして頻度は高く無かった…
楓との仲もあって、顔見知り程度ではあったけれど…
『如何して相楽が此方に?』
〘……ました……〙
『え?』
〘…っ、専属を……外されました…〙
『な……っ…』
弱々しく発せられた言葉に、耳を疑う。
彼の専属を外された?
〘も、申し訳ありません…っ…私は、木蘭様の幸せを願っておりながら…っ…〙
『ちょ、ちょっと待、て…』
謝り、涙を流しだした相楽に戸惑う。
如何言う事だ?
百合さんは確かに俺のみ罰する…そう言っていた筈だ。
だからこそ、この条件を飲んだんだ。
〈……コイツ…解雇か、専属を外れるか問われたらしいんです。〉
『………。』
〈代わりの者が居るらしいんですが…どうやら何もしていないらしく…〉
と、言う事はつまり…
〘私は…っ…〙
『…っ、彼は今………一人、なのか…?』
戸惑いながら問えば、彼は静かに頷いた。
途端に何とも言い難い感情が押し寄せ、俺はその場で額を押さえ込んだ。
何度も謝罪を述べる相楽の声が、酷く遠くに聞こえる。
彼は今一人であの離れに居る。
食事も、何もかも…全て…っ…
頼る人も居なければ、気を遣う者も居ない。
そんな環境の中に居たら、必然的に彼は壊れてしまう…
嗚呼…なる程、百合さんは元よりこれを狙っていたのか。
俺にだけだと言っておきながら、あの人は彼にも罰を与えていたんだ。
あの人が彼を許す訳が無い…如何して俺は気付かなかったんだろう。
己の馬鹿さ加減に怒りが沸く…
あの日の事も、何もかも…俺が彼に触れなければ怒らなかった事。
俺が彼に興味を示さなければ、何も…
俺のせいで今、彼は苦しんでいるんだ。
俺のせいで……
あの屋敷で出された食事も、お茶も…何も味がしなかった。
自分が何を言ったのかさえ分からない。
けれど、彼女が上機嫌だったのを見て何となく上手くやったんだと思う。
〈愁様…〉
『あぁ…出してくれ…帰ろう。』
〈………はい。〉
ぼんやりと流れる景色を見やり、まるで生きる気力を失ったかの様な感覚が襲う。
俺と出会っていなければ…今頃彼は一人にならず済んでいた。
再び自己嫌悪に陥りかけた頃、ふと人影が視界に入った。
未だそれ程速さは出ていない…
じっ…と凝らしてみれば、その人影は彼だった。
『!!』
前よりかなり細くなった…
けれど、しっかりと生きている。
今は如何やら洗濯物を取り込んでいる最中らしい。
落とさぬ様に、その小さな身体で慎重に取り込み…達成感を感じているのか少し得意げに笑っている。
嗚呼…その顔は、何一つ変わっていないな…
-「恥ずかしい事を態々口に出せと…?意地悪なお方…」-
恥ずかしいと言う割に、文は正直な君…
-『植え替え時期になったら、一房此方に持って来ようか。』
「良いのですか?!」
『もちろん。』
「枯れさせないよう頑張ります!」-
嬉しそうに笑って、楽しみだと全身で伝えてくれた君。
-「お、お戯れが過ぎます…!!」
『戯れだなんて…俺の気持ちを分かっているのに、やはり君の方が意地悪だね。』
「な…!」-
顔を赤らめて、それでも応えてくれた君…
-『もう…少、し……おっ!』
「あっ!!」
「あはははっ!」
『ははっ、してやられたな!』-
声を上げ、始めて笑いあった…
嗚呼…
嗚呼…
『…っ…』
〈……愁、様…〉
君は…生きようとしている。
それなのに…俺は…
『すまない……っ…すまない…』
〈………。〉
君のその芽を摘もうとしていたのかもしれない。
出会わなければ良かった…そう君に言われたら、俺は如何したら良いのだろう。
「………?」
『…!!』
一瞬だけ、目が合った気がした。
形の良いアーモンド形の、あの瞳と…
凛とした佇まいは、変わらない。
嗚呼…好きだ、愛している…
だからこそ…
もう会えない…
「誰か来てたのか…」
垣根越しに馬車の音がした。
人が来ていたのなんて知らなかったな…
あまり大きな音は出してなかったと思うけど、今日は念の為引き篭もって居た方が良いだろう。
取り込んだ布団はすっかり乾いていて、嫌な臭いはせずお日様の匂いに包まれていた。
「……よしっ…!」
両頬を軽く叩き、少しだけ自分を律した。
一人だからといって、弱々しく泣いてしまったのはちょっと恥ずかしい。
それに、今迄は相楽さんが居たから過ごせたんだ…
本来ならばこういった事になっていた筈、それが今になってしまっただけだ。
大丈夫…
文が届かなくたって、彼に会えなくたって…
一人だって…大丈夫…
でも…そうだな、偶になら泣いても良い日を作ろう。
そうしないと、いつか絶対に壊れてしまう。
そんなのは許さない。
生かされている以上は、生きなければ。
「…うん、よし…先ずは食事だ!」
一人で意気込み、貯蔵庫を開ける。
食に関しては相楽さんが此処で作ってくれてたから、それなりにある。
底をついたら…と思っていたけど、案外相楽さんは溜め込む性分だったらしい。
一人分を作るにしても、優に一年は過ごせる量だ。
料理は作った事も無ければ、火を扱うなんて以ての外だけれど…お湯は沸かせたんだ、きっと何とかなる。
死ぬ時は死ぬから、それ迄は足掻いてみても良いでしょうか…
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