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ロミオとジュリエット 9
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ヨーロッパでは、各国のサッカーチームでグループA(1軍)同士の対戦で頂点を競う大会がある。
ドイツのブラオミュンヘンと、フランスパリを拠点とするラパリスの対戦が今週末ある。
ドイツとフランスは宿命のライバル同士、屈指の好カードだ。
私の率いるブラオミュンヘンはここ8年で国内3回の優勝を誇るチームで、同じくラパリスも、豊富な資金力を背景に持つフランスの強豪である。
試合会場は、ドイツ。私のチームの地元フライブルクでの試合だ。
この試合のゲストに、なんと、パリで活躍するバレエダンサーの結が呼ばれる。
結が大のサッカー、ブラオミュンヘンファンであることは、日仏の結ファンの間でも知られている。
何せ、結はタオルやら帽子やらサッカーグッズを身につけて職場のオペラ座に通っているらしい。
出待ちしているファンが、結が車から出て来るところを写真に撮って、幾つもネットに載せている。
遠目写真だったが、サッカーグッズを身に着けるバレエダンサーなんて、結くらいだろう。
ファンが撮ったインスタで、結の車が、シルバーのシトロエンだと私は初めて知った。
今回の対戦は、ドイツVSフランスなのに、日本のBSテレビ局が中継を予定している。
サッカー場の電光掲示板広告も日本の企業が半分も占める。
サッカー熱は日本でも盛んだが、日本にファンが多い結が今回ゲストなので、テレビもスポンサーもなおさら熱が入る。
私は、その試合に備えて、選手たちとトレーニングとミーティングしていた。
合間にトレーニング施設に付属したレストランでランチを取る。
おもむろに秘書の小崎が私に言った。
「監督、今回のフランス戦の後に、急きょ、監督と、バレエダンサーの道ノ瀬結(みちのせゆう)さんとの対談が組まれることになりました!」
私は、思わず気管に詰まりそうになった。
「大丈夫ですか監督、はい水。」選手のアベルがコップを差し出す。
アベルは小崎をちらっと見る。
アベルは、道ノ瀬結が私の自宅”ガストホフ(旅籠の意味)”に来ていたことを知っている。
小崎が、続ける。
「対談で何をお話しされるか、だいたい骨子を決めましょうと、テレビ局が言って来ています。」
「サッカーの話をすれば良いじゃないか、彼はサッカーファンなのだろう?」
「よくご存じですね!!監督!!もしかして道ノ瀬結氏のことを既にリサーチしました?」
「リサーチって、…。」
アベルが笑っている。
アベルは日常会話程度の日本語がわかる。監督の私を通じて日本に興味を持っているのだ。
小崎がはしゃぐように言う。
「道ノ瀬結氏、動画でググりましたけど、とても力強くて凄い跳躍力のダンサーですよ。
インタビュー映像は、打って変わって天使のように可憐な感じでしたけど。」
お前に言わなくとも、わかっとるわ。
天使でなくて、小悪魔だけどな。
この前だって、私を散々あおっておいて、結局、抱かせなかった。
せっかくパリまで行ったのに…。
選手を動かし、緩急自在の攻めのサッカ-をする私が、23歳の若者にこんなにも振り回されるとは、考えもしなかった。この私が…。
「監督、日本のサッカー誌の取材がこの後入っています。
お召し換えをお願いできますか。」
「わかった。」小崎に返事をした。
取材は、地元ドイツ・フライブルク市のホテルのスィートルームで行われる。
撮影機材を持ち込んでのインタビューと撮影だ。
広々とした大理石の床のリビングルームには、黒御影石のテーブル、クリーム色のソファセット、バーカウンターも併設されている。
大きな窓から、広く青い空が見えた。
「本当、豊かな黒髪ですね…。日本の方の中でもひときわ、黒味が強くてとても美しいです。」
女性のヘアメークアーティストが手を高く伸ばして私の髪を整える。
髪を撮影用にヘアアイロンで巻き毛にされたが、ダークスーツにネクタイ、いつもの私のスタイルだ。
クリーム色のソファに座ったり、窓辺の立ち姿で何枚もスチール写真を撮る。
一方、日本の東京のBez誌編集部では、特ダネを求めてあわただしく記者が動いている。
今日も一際けたたましく電話が鳴り響く編集部を抜け、記者諸橋幸司は、編集部の喫煙室に入った。
サッカー誌を片手にタバコをくゆらせる。
同僚の金田記者が、諸橋の持つサッカー誌をのぞき込んで来た。
「いい男ですねぇ。ブラオミュンヘン監督の、東郷悟でしょ。トレードマークのダークスーツとネクタイ、黒髪。 男の色気がダダ漏れだね。」
「タバコも酒もやらず、女遊びもしないんだとよ、この色男。」
「ストイックなんですねぇ。ストイックな男はモテるからなー。
その雑誌、よく買えましたね、東郷が掲載されると、低迷している雑誌が予約段階から売り切れなんですよ。
東郷の良さって、仕事に打ち込む男の顔っていうやつ?」
「さあてな。実際見たが、何ともいけ好かない男だったがね。」
諸橋は、名刺を踏み潰されたことを苦々しく思い出した。
「もしかして、嫉妬ですか?」
「嫉妬?」
「いいんじゃないですか、諸橋さん。誰しも嫉妬も嫉み(そねみ)、妬み(ねたみ)はありますよ。我々週刊誌の商売はまさに人間のそういう部分に焦点を当てて金にしているんだから。
東郷は、世界レベルの才能があり、容姿にも恵まれて、2物も3物も持った男です。
プライベートを語らない彼ですが、たぶん育ちもいいんでしょう。
東郷みたいな人間は、嫉妬とかってあるんですかね。
満員電車に揺られて、毎日あくせく働いている俺たちとは別世界の人間ですね。
既婚ですよね、もちろん。奥さんって何している人?モデルとか?」
「いや、独身だ。」
「相手はいるんでしょう?何で結婚しないんですか?」
「それで、ちょっと面白い情報、掴みかけている。」
「お、さすが、諸橋さん。で、どんな愛人?著名人?
東郷も男だからな。SEX無しと言うわけにはいかないですよね。
所で、諸橋さん!うちのスポーツ写真部で出すスポーツ選手のヌード写真集、東郷悟をモデルに推したのって諸橋さんなんですって?!」
「ああ。」
「諸橋さん、目の付け所が鋭いな。東郷の、着実に積んで来たキャリアと酸いも甘いも噛み分けた大人の風格、これは売れるって踏んだんでしょ。
こんなの脱がせたら、売れるって?笑」
「我ながら、面白いこと考え付いたと思うよ。」
そうだ、嫌でも”裸”にならざる得ない状況を作り出してやる。
東郷には苦しみ悶えて欲しい。あの豪華な男がどんな顔で苦しむのか見てみたい、諸橋は思った。
「東郷は、カッコいい役を演じる俳優でなく、本物の勝負の世界に生きる、百戦錬磨の名将ですから。
試合でも、東郷はどんなピンチにも動じないんですよね。俺も実は好きなんですよ彼。男が惚れますよ。
諸橋さんも本当は好きでしょ。」
「俺は、嫌いだ。」
「え?」
「あの男は金になる。良い記事を書かせてもらうよ。」
諸橋は、そう言うと雑誌写真の東郷の顔に煙草の火を強く押し付け消した。
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