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ロミオとジュリエット 13
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東京、奇想社本社ビル4F第1編集部では、電話が頻繁に鳴り響き、企画の細かい打ち合わせが、各机の周りで行われている。
奇想社本社ビルは建て替え後、広大な編集室に幾つも部署が入っている。
各部署の垣根が低く、週刊Bez編集部のすぐ隣りはスポーツ写真部だ。
ブラオミュンヘンの監督、東郷悟の写真集を緊急発売した部署である。
そのスポーツ写真部から、女性編集者たちの歓声が沸き上がった。
「凄いイケメンよね。しかしBezの諸橋さんもよく東郷監督を脱がせるって考え付きましたよね。
しかも、なかなかOKしてくれなかったんでしょ、堅物で。」
その声を、隣りのBez編集部にいた諸橋が聞いていた。タブレットPCで記事を書いていた手を止め、立ち上がる。
「選手よりもインパクトあるだろ。ちょっと見せてくれ。」
諸橋が、女性記者のそばまで来て、彼女が見ている写真集を取り上げる。
「あ、諸橋さん!大事に扱ってくださいね、大事な初版本ですから!」
女性記者が言うと、周囲がどっと笑った。
週刊Bez記者諸橋幸司が、写真集をぺらぺらめくると、スーツで椅子に掛けている東郷や、サッカー監督をする東郷の姿が現れた。
ジーンズで上半身のみのヌードに続き、
フルヌードで褐色の肌、後ろ姿で、サッカーボールを足で捉えた姿で撮られている。
背中、臀部、足の美しい筋肉が浮き立つように見える。
まるで、遺跡から出て来たギリシア彫像のようだ。
「これか。確かに、ダビデか、ギリシャ彫刻みたいだな。」
「生けるダビデですよねぇ。」女性編集者が嬉々として言う。
「1度で良いから触れてみたいわ。筋肉だから固いのでしょうね。」
「発売日の今日、書店開店前にあちこち女性ファンの列が出来たんですよ。午前中で完売した所もあるそうです。」
「それは良かった。」諸橋は上機嫌だった。
「あら、諸橋さん。東郷監督お好きですか?男性が見ても素敵ですか。」
女性記者の問いかけに、諸橋は満面の笑みを作った。
地位も名誉もあり、あのクールな東郷が、私に弱みを握られて泣く泣く、脱いだと言うのが、諸橋は愉快でならなかった。
諸橋がページを更にめくると、頭から腰のあたりまでのヌードが現れた。
先ほどの全身像よりはアップになっている。
諸橋は、ふと、東郷の腰のあたりに目を止めた。意外なものを見たように眉をひそめる。
「この腰の傷、なんで修正していないんだ?ミスプリントじゃないのか?」
「え、どれですか?」
「そう言われれば…、筋肉の筋(すじ)かと思いましたが。諸橋さん、よく傷だってわかりましたね。」
「東郷は、元サッカー選手のはず。」
「ええ。ずいぶん若くして引退していますよね。20歳で引退ってプロフィールにありましたから、22年前ですね。
それが、どうかしましたか、諸橋さん?」
「22年前…?」
◆
日本が発売されてまもなく、東郷の元にパリから感想が届いた。
「僕も、東郷さんの写真集買いました!見ています、すごーい、いいっー!!」
めったに連絡してこない結が、ハイテンションでLineして来た。
写真集は送ると言ったのに、結は待ちきれなくて買ったと言う。
それに、結はこの件につき、まったく反対しなかった。
「今度サイン入れてね。ヌードページに!」
結の奴、完全に私をからかっている…。
私は、君との“秘密の恋”を守るため犠牲になったんだぞ!
◆
秘書の小崎も、早速、写真集を手にして私の元へやって来た。
「いやあ、良いですね。男の私が見てもほれぼれします。あの撮影がこんな風になるんですねぇ。」
小崎は、私の撮影会に同行している。
カメラマンから小崎が注意点を事前に聞かされて来て、私に言った。
・線や跡が残るので、前日から下着着用をお控えください。
・靴下も跡が残るので履かないでください。お気に入りの腕時計もダメです。
・当日前開きのガウンに着替えていただき、ヘアメイクしていただきます。
撮影当日、ヘアメイク後、嬉々として私のガウンを引っ剥がしたのが小崎、こいつだ。
撮影現場のクルーは30名ほどもいただろうか。
私は、その30人の前で幾度か着替えることになったが、サッカーのロッカールームにいると思えば大差なかった。
ただ、30人の中に女性がいるのは、サッカーとは違うが…。
しかし、皆、自分の仕事に集中しているし、こっちのことなど誰も気にしていない。
私が撮影場所に立つと、カメラマンが照明とカメラの微細な位置を調整しながら、シャッターを押す。
グッと集中し、息の詰まるような“真剣勝負”だ。
かなり撮影が進んだ後、ガウンを着て髪を直してもらっている時、ヘアメイク担当が私に言った。
「凄く豊かな黒髪ですね。ハリがあって深みのある黒で、監督みたいな髪の毛の色、リッチブラックって言うんです。」
髪の毛の色に名前があるのか。そんなことは初めて知った。結が時々この髪をかき回している。
カメラマンが、パソコンを持って私の元にやって来た。
パソコンに、撮ったばかりの私の写真が映し出してくれる。
「監督、この後姿、特に良いですね。監督のいつもの落ち着いた風貌、しぐさとはまた違って良いです。スポーツ選手によくあるタトゥーもないし、神々しい感じすらいたします。」
自分の身体とは、違うものを見ているような気が私はしていた。
「監督、一つご相談があります。この腰の部分を、レタッチ(修正)いたしますがよろしいですか?監督がそのままでと仰るなら残しますが。」
カメラマンが指さす先、私の腰の部分に傷跡がある。
私は、この傷が元でわずか20歳で、選手生命を絶たれたのだ。
その時は、若かったこともあり絶望したと記憶している。
だが、私には選手として世界で闘うほどの才能はなかったと、今は思う。
もう、遠い昔に過ぎたことだ。
かまわない。
「傷は、そのままに。」
この傷のおかげで、私は監督として歩むことが出来たのだ。
「書店では即日完売で入荷待ち、ネット販売も予約段階で完売したそうですよ。」小崎が興奮したように言った。
「監督の撮影時も、クルー(撮影隊)の人数が凄かったですね。」
「凄いって?」
「一時期50人近くなっていましたよ。見学者までいましたから。」
「見学者?」こっちも必死だったので、人数がそんなに増えたとは気づかなかった。
「カメラマン、カメラアシスタントなどクルーに加えて、出版社編集者とか、まあ出入りが許されている人間が、監督のヌード撮影見たいって見学していたんですよ。」
「皆さん、変わった趣味の方が多いと見える。」
確かに、周囲の反響は私の想像以上だった。
まず、私への取材報酬が倍に跳ね上がったと小崎から聞かされた。
私は、写真集報酬の半分をブラオミュンヘンに、もう半分をドイツへの難民支援団体に寄付することにした。
明朝の選手とのトレーニング、戦略ミーティングがある。
選手たちの前にどんな顔して出ればいいのだ。
いろいろ考えたあげく、結局、何食わぬ顔で、選手、トレーナー、アシスタントコーチたちが集まるピッチへ私は姿を現わすことにした。
選手たちに、「おはよう。」と私は声をかけた。
「選手たちも「おはようございます。」と返して来る。
「セクシーな監督。」と声がして、フュイっと私に向けて口笛を吹いた奴がいる。
イタリア人選手のマルコだ。
「マルコ、お前だけ筋トレ、プラス1時間な。」
「えー!」
ほかの選手たちがどっと笑った。
監督をからかった罰だ。
結との秘密を守るため、写真集をOKしたが、報酬の半分はチームに寄付した。 選手たちの利益にもなったのだ。
普通の監督だったら、経験しないような面白い経験させてもらった。
この資金で新たな選手を育てることが出来たなら、私は本望だ。
週刊Bez誌の諸橋は、通告通り、”私と結の関係”を記事にしていない。
だが、記事にする時がやがて来る。
もっとも高く売れる時期に。
諸橋が仕掛けた地雷が爆発するのはいつか。
しばらくは、その上を歩かされることになる、私も、結も…。
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