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ロミオとジュリエット 30
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結局、結は、母と妹たちに熱烈に引き留められて、4日間も私の実家にいた。
3日の昼過ぎになり、結のお母さんから、「お正月帰って来ないの?まさか、まだ東郷さんのお宅にお邪魔しているの?」と電話がかかって来て、ようやくいったん帰ることになった。
年末年始の休暇中ずっと、互いの実家を行き来していたが、大晦日の夜中、うちの近所の神社に参拝客に紛れてこっそり初詣に出かけたのは面白かった。
下の妹の飛鳥と、結と私、そして上の妹・恵が夫と息子を連れてやって来た。
小学1年生の甥っ子・晴斗(はると)は、私の影響でサッカーをやっている。
晴斗(はると)が、テレビやネットでしか知らない”道ノ瀬結”を見て、目を丸くした。
「本物ですか?」と、あごが外れそうなくらい驚いている。
「今夜のことは友達には内緒だぞ。男と男の約束だからな。」私は甥っ子のポケットに、口止め料のお年玉をねじ込んだ。
「どうもありがとう、おじさん、約束するよ。」
「東郷さんは、おじさん?」結が、笑っている。
結は一人っ子だから、おじ、甥の関係も珍しいのか。
「私も、妻から聞いた時は、いやまさか!と思ったんですよ。凄いですね、お義兄さん。」と言ったのは妹・恵の夫で、私の義理の弟だ。
うちの家系は背が高いのが多く、妹も女性としては大きいが、妹の夫は妹より背が低い。
蚤(のみ)の夫婦だが、仲良くやっている。
計6人で暗闇の中、出かけた。
ぞろぞろ人が行く中、結の手を握り私のコートのポケットに入れて、神社の参道を歩く。
「お兄ちゃんだけズルい!」妹2人が言った。とにかく妹たちは、結に近づく者はみなズルいのだそうだ。
「これは、私の特権だろ。笑」
結も私も、防寒のためダウンコートにフード被っているし、結に至ってはマスクをして顔半分がわからない。
これだけ着込んでしまえば、もう結は男性か女性かなんて全く分からない。
「もし、ばれそうになっても、絶対違うって言い張ってあげるからね。」
妹たちが私に言った。
私と結は家族に守られて、日本の神々の前で新年を迎えた。
賽銭を投げ入れ、柏手を打って参拝した直後、隣りにいた結が私に聞く。
「東郷さんは、何を祈ったの?」
「氏神様に、結が私の家族になることを伝えたんだ。よろしくお願いしますって。」
「じゃあ僕も。お願いする。」結も手を合わせた。
境内授与所に立ち寄ると、結が私に問いかけた。
「この矢、どう違うの?」
「先が尖っているのが破魔矢で、災いごとから守る。先が丸い方は鏑矢、何かを始める時、ふりかかる厄を払うんだ。」
「へえ。東郷さん、これ買って。僕たちに降りかかる厄を払うために。」
私は、結と私の分と、家族分、そしてブラオミュンヘンに持ち帰る分も購入した。
神社の境内で振る舞い酒があり、妹たちはお神酒をいただき、私と結、そして甥っ子は甘酒となった。 甥っ子が、私と結に言った。
「あのう、みちのせさんは、おじさんのおくさんなんですか?」
「奥さんじゃないけど。まあ、同じことだ。晴斗(はると)もそのうちわかる。」
結が、くすくす笑っている。
休暇最後の日、私は結を東京港区愛宕のバレエ協会まで車で送った。
今日が、今回の休暇で結と会える最終日だ。
車の中では、結が歌が上手かっただの、初詣が楽しかったなど話をしていた。
たわいもない話をしながら、刻々と別れの時が近付いてくる。
45分ほど走行し、バレエ協会に着いてしまった。
幸い、駐車場に今、他に人はいない。
私は、結の白い手を握った。
別れの時が来て、結は悲しそうな顔をしている。
お互いどんなに惹かれ合っていても、仕事も社会的立場もあり、一緒にいられない時間の方がはるかに長い。
互いの家族に認められたのは、奇跡のようだが、私たちの恋を阻む現実はその他にもある。
「行っておいで。」私は、努めて明るく言った。
「はい。また今度…。」
私は、結のシートベルトを外してやった。
ドアに手をかけ出て行くかに見えた結が、私の首にいきなり抱きついて来た。
「まだ、離れたくない!」
「結!?」
「離れたくない!僕たち、家族になるんでしょう?だったら、僕を東郷さんのドイツの家に連れて行って!」
「結…。君は、パリでバレエダンサーとして生きて行くんだろう?」
「…。」結が、言葉に詰まった。
「バレエダンサーは、何歳くらいで引退するんだ?」
「…40歳、くらいかな。」結が言った。
結は23歳だ、まだ17年もあるじゃないか。
その頃には、私も引退しているだろうが。
「それまで、戸籍上は他人のまま、一緒に暮らすこともできないのはいやだ。東郷さんのご家族みたいに仲良く暮らしたい。」
仲が良く…?
私の心の中のかすかな疑問を、結が感じ取った。
「どんなにけんかしても、東郷さんはあのお父さんの息子でしょ。勘当されても縁切れにならず、仲直りしたのも家族だからでしょ。」
「そうだな。」結の、言うとおりだ。
「僕は、東郷さんの家族になりたい。」
「日本人もやがて、同性婚が認められるようになるかもしれない。」
結が、私に強く抱きついて来た。
結の頬が私の首に触れ、私の首が濡れている。
私は、結が泣いているのがわかった。
プロポーズの時、場を仕切り、親父に挑んだ勇ましいまでの結とは違う結がここにいる。
私は、結を抱きしめた。
「結、その時が来たら、本当に、結婚しよう。」
「”その時”って、いつ?」
「いつかだ。」そうとしか、私も答えられない。
「こうやって、会っては別れるのを、何度も繰り返して行くの?」
「結…。」
「そうこうしているうちに、壊れたりしないかな。僕たち…。」
結が、涙声になっている。
「しないよ、絶対に。」
そう言って、私は、結のしなやかな身体を抱きしめた。
涙にぬれた頬にキスした。
結が私の肩に掴まっている。白いセーターの上から不釣り合いな大きな腕時計がはまっていた。
私が、贈った時計だ。
私は、その腕を掴んで撫でた。
「ドイツやフランスでは、同性婚が出来るんでしょ?」結は言った。
「ドイツやフランスに住んでいても、残念ながら私たちは日本国籍なんだ。」
「東郷さん…、前に事実婚していたって言ったよね?」
「…そうだ。」
「その話、聞いてもいい?」
「聞きたいのか?」
「その人、日本人じゃないよね。ドイツの人?」
「そうだ。」ドイツでは2001年から結婚に準ずる事実婚が認められた。その後法律が変わり、現在はドイツで日独の正式な同性婚が出来る。
結は、眉間にしわを寄せて、黙り込んでいる。
結は、可愛く見えて、私の過去にさかのぼって嫉妬するほど独占欲が強い。
私の過去は気になるのだろうが、知りたくないのも本音だろう。
「事実婚…、僕とはしてくれないの?」
「出来ないことはないが、君のスポンサーが承知しないだろう。バレエ続けていくためにはやはりこのままの方が良い。」
結が、深いため息をついた。
「笑顔を、見せてくれ。」私は、結の腕を優しくほどき、キスして、そして送り出した。
結のたおやかな身体を手放す時は、いつも、私は辛い。
結が、車のドアの外で振り返った。
懸命に笑顔つくり、私に手を振ってみせている。
結は、私の心も体もすべてを満たすほど、柔らかい身体と純真な心を持っている。
バックミラーに映る結は、すぐに小さくなり、やがて見えなくなった。
結と私は、別々の飛行機でそれぞれの戦いの地ドイツとフランスに旅だって行った。
欧州各国サッカーチーム同士の対抗試合は、我がブラオミュンヘンは予選で敗退してしまった。 けれども、その後ドイツ国内リーグでは、今の所穏当に勝ち進んでいる。
結と恋仲であることを公表してから、まだ負けていない。
私の辞任が報道され、チームが連敗し、どん底にあったブラオミュンヘンの危機は脱した。
何よりチームの雰囲気が明るくなった。
私は、大事な腕時計を結にあげてしまったので、同じブランドの別の腕時計を新たに購入している。
結との付き合いは一抹の不安を残しながらも、ブラオミュンヘンは勝ち進むことが出来た。
しかし、私のいるドイツにも結のいるパリにも、週刊Bez誌の記者が未だにうろちょろしているらしい。
全紙回収の痛い目に遭ったのにもかかわらず、また来ている。
結の車が、公道を走るのを追いかけ、オペラ座に入る一瞬を望遠レンズで撮っているらしい。
週刊Bezに写真掲載されていると、秘書の小崎が持って来た。
”東郷監督との逢瀬の後?を激写”なんて言う、いい加減な見出しを付けている。
「しかしよくもまあ、撮るものだな。車なんて一瞬で通り過ぎるだろうに。」
私は、Bez誌をペラペラめくりながら言った。
「週刊誌の記者って、走る目当ての車を一瞬で見分けるよう訓練するそうですよ。」
「アホらし。そんなことしてて自分が嫌にならないのかね。」私は”謹呈”のシールをはがし、Bez誌を古紙専用のゴミ箱へ捨てた。
ドイツじゃ、ごみ分別がうるさいんだ。こんなシール貼ってくれるな、と思った。
「あとファンと仲良くなって情報もらうらしいですね。四六時中張り込むより、コアなファンとねんごろになった方がよほど良いらしいですよ。」
「そうなのか。」私には興味のない話だ。
「でも、監督、道ノ瀬サイドにはくれぐれも気を付けてくださいよ。」
「何を?」
「道ノ瀬さんについている、スポンサー10社ですよ。
道ノ瀬さんと監督の行動を、目を光らせて監視していますからね。
一番のネック(障害)は監督なんですから。」
「…。」
「監督と道ノ瀬さんの恋愛を、ファンが非難しないかどうか、スポンサーは目を皿のようにして見ています。
特に、道ノ瀬さんは学資保険のCMに出ているんですよ。」
「そうだったな。」
「道ノ瀬さんのCM出演料は、1本1億円とも言われています。
学資保険は、子供を育ててやがてかかる学費のために賭ける保険でしょ?
自分の子供に、道ノ瀬さんみたいになって欲しいっていう親が、この保険を契約するんです。
失礼ですが、男性の監督と恋仲になった道ノ瀬さんに違和感を感じる親も多いです。
特に、お金を出してくれる祖父母です。この世代の多くは、自分の孫がLGBTなんて絶対嫌がりますから。
保険会社からしてみれば、LGBTの人がその分保険に入ってくれるわけではないので、残念ながら”損害”と考えますよね。」
「そうだな…。」
この時、私は、この先さらに”大きな試練”が降りかかって来ることをまだ知らなかった。
◆私のブログにて、同小説は画像入り、拍手絵付きで公開しております。秘密部屋も受け付け中です。ぜひお越しください。
http://fugo1555.jugem.jp
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