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ロミオとジュリエット 63★
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「結構なお住まいですね。」五代は、元旅籠だった私の家を玄関を外から見上げて言った。
「そんなことを仰りにいらしたのではないでしょう。ご用件は?」
五代の勤務地はフランクルトの大使館だ。
アウトバーンで2時間かかる、うちまでやって来るには、それなりの理由があるはずだ。
「監督、道ノ瀬結氏のW杯CMはフランスでも流れ始めましたよ。サッカーの強豪国ですからね。盛り上がりもひときわです。」
私の屋敷は、バラと柵があるだけで、外からはよく見える。
垣根の隙間から、カメラを構える人物が見えた。
よそから来た、三文週刊誌の記者か。
私の住む町の人びとは、路上や街中で会っても、私のプライベートだと見逃してくれる。
あそこにいる記者はよそ者だろう。
撮られるのは迷惑なので、私は五代を家の中に入れた。
ジップが、リビングのドアの前で出迎えた。
「妙齢の女性がいらっしゃるんですね。」五代がちらりとジップを見る。
私は、五代を避けるようにジップをキッチンへ促した。
お茶の支度を始めたジップに、私は「今日はここまででいいから。」と仕事を上がるよう告げた。
ジップは、私の目を見て、五代が容易ならざる客だと認識したようだ。
「旦那様。」
私は彼女を安心させるために、小さくうなずいた。
ジップは、すでに結がうちに来なくなったことや、私が結と連絡を取っていないことに気付いている。ジップは私を心配してくれている。
私のスマホには、結専用のライン着信音があった。
それが、もう鳴らない。
私は、リビングにいる五代にコーヒーポットとカップを持って行った。窓から、ジップが庭を歩いて帰って行くのが見える。
「光栄です、監督にコーヒーを入れていただくなんて。」
「で、御用件は?」私は五代にコーヒーを差し出した。
「監督、今日、私はあなたに日本政府を代表して”国民名誉杯”受賞の受諾可否を伺いに参りました。」
「何ですって?」
国民名誉杯とはスポーツや文化・芸術部門で目覚ましい活躍をした人物と団体に贈られる国民的な賞だ。
「日本政府は、W杯の各地スタジアム建設や、関連商品生産のため、巨額の政府開発支援金を出して参りました。もちろんただであげたのではありません。
スタジアム建設、ホテル建設、ユニフォーム、靴、観戦ツアーなどのありとあらゆる分野のビジネス受注を日本企業が獲得するためです。
W杯には、非常に大きな金が動く。
参加国への根回し、人気タレントを使ったCMに惜しみなく資金を投入しています。
サッカーの分野で世界的に活躍する日本人、これまでの功績を考えて、東郷監督あなたを政府が推薦しているのです。」
「日本政府が私を表彰する?」私の声は皮肉がこもっていた。
「ええ。監督は簡単には喜んでくださらないでしょうから、正直に申し上げます。これは国策です。巨額の税金が投入されていて、それを回収しなければなりません。あなたに国民名誉杯を受けていただき、広告塔になっていただきたいのです。」
「国民名誉杯は、広告塔である私への箔漬けだと。」
「そう言うことになります。」
「断ります。」
「そうはいきません。」
「W杯の政府アンバサダーには、道ノ瀬結氏、そして協賛企業の広告塔には東郷監督あなたを使いたい。」
「今のお話は、聞かなかったことにします。お帰りください。」
「監督、私はあなたがうらやましいです。いつも、自分の意思を明確に仰る。」
「とにかく、五代さん。」
「我々は、組織が白を黒だと言えば”黒”と言わなければなりません。
そう言わない者は、社会的に抹殺されます。自殺者も出ます。
私の生きる世界では、自分の意見も、良識も邪魔でしかありません。
私の父も外交官でしたが、2010年の戦争に反対して外交官をクビになりました。
文書改ざんの濡れ衣を着せられ、辞職に追い込まれました。
今は失意のまま余生を送っています。」
「官僚は、天下り先が沢山おありなのでは?」私は五代に聞いた。
「父の場合は、一切ありません。冤罪そして辞職なので、退職金すらありません。
父は、私が外交官になることに反対でした。しかし私は、父がなぜそのような目に遭わせられたのか知りたく、この道に入りました。」
「なぜ、それを私に話すのですか?」
五代は私の言葉に、一瞬沈黙した。
「…そうですね、なぜでしょう。」
五代のクールな鉄面皮の下に、違う一面を私は見た気がした。少なくとも彼の父親は、1本筋の通った人物のようだ。
五代は、黙ってコーヒーを飲んだ。
「監督、ひとつ伺っても良いでしょうか?」
「どうぞ。」
「監督の御父上の会社経営は、その後、上向きましたか?」
私の父は、政府に圧力かけられ急死したと言っても過言ではない。
その加害者である政府側の五代が、しゃあしゃあとそんなことを聞いて来る。
私は、彼を見た。
私の腹の中にはもちろん怒りがある。しかし、今日の五代はいつものこの男と違うように感じる。冷たく官僚的な物言いをしない。
「多少業績は持ち直したようです。」結と別れたからだ。
「監督には、お辛い思いをさせてしまいました。」
”辛い”とは、結との別れたことを、意味している。
五代は既に私たちの別離を知っているはずだ。知っているからこそうちに来た。
「監督、私はあなたの苦しみを理解しています。」
「理解していただいても、結は私の元には帰って参りません。」
「政府はこの政策を絶対に曲げません。監督、道ノ瀬さんのことは、どうかお許しください。」
「五代さん、済みませんが、お帰りいただけますか。国民名誉杯の件は、受諾しません。これが私の答えです。」
私は立ち上がり、リビングのドアの前に立った。
ドアノブを掴んだ私の手を、五代の手が触れた。
「ハニートラップのつもりか?」
「ハニートラップだなんて。私は以前から東郷監督のファンです。」
私の肩、腕に、黒いスーツの腕が後ろからからみついて来た。
五代が、私の耳たぶを噛まんばかり囁く。
「もう、道ノ瀬さんはあなたの前に現れません。
パリでの公演は、オンラインチケットが空前の売り上げだそうです。
将来につながる、お子さんのお客を獲得するため、おまけをつけたチケットを販売したそうです。
日本のクリスマス時期に、ブーツにお菓子が入った商品があるでしょう?あれをフランスでも取り入れたそうです。
そうしたら大人に子供に大ヒット。
なんと道ノ瀬さんのアイディアだそうです。自らお菓子を選んでいるそうです。」
五代から、結の近況を聞かされるとは思わなかった。
それだけ、結はもう遠いのだ。
あのさびしがり屋で甘ったれの結が、私なしでも、しっかりと前を向いて生きている。
嬉しいような、寂しいような、我ながら感傷的な気持ちが一瞬よぎった。
深く息を吸い、私は言った。
「道ノ瀬氏とは、もう関係ない。」
「そうでしたね、失礼申し上げました。」
もうどんなにしても、結は私の元へは戻って来ない。
未来永劫、私と結は…。
そう思うと、抑えていた何かが私の中で音を立てて崩れ、飛び散った。
私は、五代の方へ向き合った。
五代の唇が私の唇を覆うのを合図に、激しく抱き合った。
結はもう帰らない。
私の腕、指の間からこぼれ落ち、もう二度と私の元には帰っては来ない。
結が戻らないなら、こうなることも運命なのか…。
どこまでもしなやかな結に比べ、細身でも男性的な身体だ。
五代が私のシャツのボタンを剥ぎ、スラックスから引き抜く。
胸の筋肉を、手のひらで撫でながら五代がキスして来る。
その背を、髪を、私が抱いた。
五代の反応が大きい敏感な部分に触れると、五代が同じように私に手を伸ばして来た。
簡単にイカせてはやらない。
深くキスすると、五代はまた私に触れて来た。
徐々に、お互いを探りながら高みへ上りつめて行く。
指をなぞらせて行く。
30分程度、柔らかく、じらしながら、全身を愛撫した。
五代が、懇願するまでゆっくりとじらして行く。
五代と寝ることで、私は結を忘れる。
結、結…。
私はもう、戻れない。
五代は、私の涙に気付くだろうか…。
「…。」
「たまらない。東郷監督。」
「私が感じたか、聞いてみないのですか?」
五代が私の肩口に頭を載せたまま言った。
「聞いてどうするんだ?だいたい、欲だけの関係は私は好きではない。」
そう、肉体だけの欲のために、寝たのではないのだ。
私は、悲しみを忘れるため、目の前の彼にすがろうとしている。これからは、彼に惹かれつながれて行くのかもしれない。
「紳士的で誠実な東郷監督らしい。でも情熱的ですよね…。あなたと、愛を交わして来た人がうらやましい。」
五代が私の首筋に顔を埋めた。
リビングの大きなソファの周りに、衣類が脱ぎ散らかされている。
五代は、ソファの上でそのまま浅い眠りについたようだった。
私が延ばした手の先に、スマホが触れた。画面を何気なく見た。
ドイツの、タブロイド紙のニュースが流れて来た。
どうでも良いような記事を流す新聞社だが、欧州で一番の売り上げだ。日本のスポーツ新聞のような物だ。
見る気もしなかったが、テロップが動くので目に入った。
”パリバレエ団の、世界的なバレエダンサー、ユウ・ミチノセ、パリセーヌ川に落下。自殺未遂か?!”
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