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◆
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移動中の車の中では拳法を習っていた頃
の昔話に終始し、高取が思っていた通り九
条兄は深く詮索してこなかった。
まぁ迎えにきた時点で九条からある程度
のことは聞き出しているだろうけれども。
「ここでいいか?」
「はい…」
静かな住宅街の一角、OKAMOTOと
表札のかかっている一軒家の前に車が停ま
った。
しかしせっかく着いたのに岡本は俯いた
まま一向に降りようとしない。
いくら腰が辛いにしても指一本動かさな
いのはおかしい。
声をかけるにかけられない九条兄はミラ
ー越しにどうしたものかと高取と視線を交
わした。
「おい、岡本。着いたって」
「うん…」
さっさと降りろと高取が促しているのに、
やはり岡本は動かない。
まるでマットの上に足が吸い付いてしま
ったように。
「おいって」
九条兄はこれからバイトがあるのに迎え
に来てくれたらしい。
まさかこんなことで遅刻させるわけには
いかなかった。
苛立った高取が唸るような声を出すと、
俯いたままの岡本の手が伸びてきて彼の袖
口を無言で掴んだ。
「あ?」
「誰も、いない、から…」
やけにつかえながら言った岡本の言い分
はそういうことらしい。
いつもなら適当にあしらって蹴り出すと
ころだが今の岡本の体にそんな無体を働け
ばそれこそ後引きそうで怖い。
しかし無駄な押し問答をしている暇が惜
しかった。
腰が動かない岡本とは違い、高取自身は
歩いてバス停まで歩けば一人でも帰れるだ
ろう。
「…ったく。今日だけだぞ」
忌々しく高取が先に車から降りた。
顔を上げた岡本は信じられない言葉でも
聞いたように目を見開いているが、その顔
の血色がよくなっているのは決して車内の
空調が効いているからだけではない。
車の反対側からドアを開いた彼が、中に
いる岡本の手首を掴んで引っ張り出す。
「それじゃ。ありがとうございました」
「ん。またな」
岡本が車外へ出てからもう一度顔を覗か
せた高取が声をかけると九条兄はこらえき
れないように笑いながら挨拶を返し、彼が
ドアを閉めて二人が離れると走り出した車
内で“高取も丸くなったなぁ”といやにジ
ジ臭い呟きを零したことなど彼自身は知る
由もない。
「ったく、手間のかかる…」
「ごめんなさい」
ブツブツと呟く高取がまさか本当に降り
てくれるとは思わなかった岡本はすっかり
縮こまって謝る。
ゆっくりと立派な門を通過して玄関の前
まで来ると、鞄の中から取り出した鍵で玄
関のドアを開ける。
ドアを開くとひんやりとした空気が頬を
撫でた。
そのまま高取が帰ってしまうような気が
して振り返ったが、中が本当に無人と知っ
た彼は岡本より先に玄関に足を踏み入れた。
「茶ぐらい出せよ。
で、さっさと帰るからな」
「う、うんっ」
岡本はさっさと上がり込む高取をリビン
グに通し、好みが解らなかったからと緑茶
と紅茶とコーラを並べてから絶対に自分が
出てくるまで帰らないでくれと何度もしつ
こく念押しして浴室に消えた。
「帰らないっつーの…」
いい加減にげんなりしてシッシッと手を
振って浴室へやった高取は憮然とした顔で
ソファに体を沈み込ませた。
やはり知らない家の匂いはそれだけでな
んだか落ち着かない。
シャワーで体の汚れを流してきた岡本に
さっさとかけるものをかけて帰ろうと決め
て広いリビングを見回す。
見る者が見ればそこそこの調度品の数々
が飾られているのだろうが、家主がいない
リビングはそれだけでシンと静まり返り華
やかなそれらが逆に寂しさを演出していた。
岡本はいつもこんな家に1人で帰ってき
ていたのか。
高取の家も両親は共働きで片付けきらず
にちらかった室内はお世辞にも綺麗とは言
い難かったがここまで居づらい空気ではな
かった。
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