アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
恐怖との、たたかい。
-
随分、可愛らしい父親と母親だった。
古い二階建て木造住宅。
路地が多く、猫がいたるところにいる。
家に辿り着くまでに、仲良しの猫の紹介を何度も受けた。
「この子はね、額が白いからデコっていうの。男の子。」
「あ、あの子は足が白いからタビだよ。女の子でね。」
「この子は真っ黒だけど胸に白いのがあるでしょ?スズって名前にしてるの。」
・・・地区全域の野良猫に名前をつけているんじゃなかろうか。
「猫ガ好キナノカ?」
「猫も犬も動物なら全部すき。」
ああ、シンサクならドブネズミにでも名前を付けて可愛がりそうだ。とても優しい子だ。
「ここがうちです。」
表札には松岡の文字。
暖かい灯りが窓から漏れていた。
「ただいまぁ。」
「晋作!遅くなるなら連絡しなさいって言ってるでしょ!」
奥から女性が出てきた。
「あら!え?!ええ?!」
ひとりで帰ってきたと思っていた晋作の後ろにスーツ姿の外人が立っていて驚いたのだろう、慌てて奥へ引っ込んだ。
「あなた!ちょっと来て!」
夫婦でおずおずと玄関までやってきた。
「初メマシテ。夜分遅クニ申シ訳アリマセン。」
「あのね、エドワード トンプソン様。父と母です。」
金髪の外人が日本語を話したのに、また驚いたようだ。
「初めまして。息子がお世話になっております。」
「イエ、ゴ子息ノ、朗ラカサニ癒サレテオリマス。」
申し遅れました。
名刺を渡して、素性を明らかににした。
「三笠商事の取締役と、シンガポールの会社の社長さん?!」
「あんた、どうやって知り合ったの!!」
とりあえず中へ、と言われたが丁重にお断りした。
夜も遅いし、急な訪問だからだ。
「お客様でね、優しくしてくださって仲良くしてくださったんだよ。大好きな人なんだ。」
「ワタクシも、好マシク思ッテイマス。真面目デ優シクテ、素晴ラシイ人デス。」
今度の外泊の許可、そして。
「是非、彼ヲ、シンガポールニモ招待シタイ。晋作君ニパスポートヲ申請スル許可ヲ頂ケマスカ?」
「ももも、もちろんです!」
「有難ウゴザイ、マス。」
手土産として、花束をご両親にプレゼントした。
「広イ視野ヲ持チ、世界ヲ知ル事ハ大切デス。度々オ借リスル事ガアルカモシレマセン。」
そう。
自分は明日、シンガポールへ飛ぶ。
戻ってくるのは19日だ。
どうしてもその前にご挨拶と許可をもらいたかった。
そして、自分の住むことになるシンガポールにも、シンサクを招待する機会を作りたかった。
まだ働き出したとはいえ、未成年だ。
保護者の許可は絶対に必要だった。
「どうぞどうぞ、是非よろしくお願いします。」
ご両親の許可が降りて、ホッと胸を撫で下ろした。
「デハ、ワタシハ、コレデ失礼シマス。」
「エドワード様、帰っちゃうの?」
ご両親の前でハグをした。
そして、ご両親にもハグをした。
「デハ、オヤスミナサイ。」
「おお、おやすみなさい。」
家人に見送られながらホテルへと戻っていく。
やはり、思っていたようにご両親も可愛らしい人たちのようだった。
外人が立っていると分かって真っ赤になり、素性を明かして真っ青になり、友だちだと知って誇らしげな顔をして、なるほど、と思った。
この親だから、シンサクは歪みのない真っ直ぐな可愛い子に育ったのだろう。
そういえば話によると大学生の姉がいるらしい。
今日はまだ帰っていないと言われた。
お姉さんもきっと可愛らしい人だろう。
さっき紹介を受けたデコが塀の上から世間を見下ろしている。
フッ。
デコにタビにスズ。
あの子はシンサクなら、なんて付けるだろう。
「ヌシ?」
どっしりとした体でエアコンの室外機の上に座り込んでいる灰色の猫。
今度、聞いてみよう。
ヌシと読んだ猫は、ワタシを不審そうに見つめている。
そう、ワタシは不審者だよ。
お前たちのシンサクを奪っていくものだ。
もうしばらくだけ、お前たちに預けておくから。
彼が家に帰る道のりの警備は頼んだよ。
さあ、明日から忙しい日々だ。
シンガポールは晴れているだろうか。
少しずつでもいいから、前へ進もう。
仕事もプライベートも、前進あるのみだ。
ああ、そしてシンサクの馬鹿改善も進めなければ。
「フッ。with bath in in、カ。」
ハグをした両手を見つめる。
この手におさめて、共に歩むために頑張ろう。
まずは第一歩を踏み出した。
エドワードは春の夜の空気を胸いっぱいに吸い込んで、シンサクのことを思いながら、そっと夜空に息を吐き出したのだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
191 / 872