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果ての先に。
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シンサクが風呂に行った時に、いよいよ母親から声がかけられた。
「エドワードさん、一緒にビールはいかがですか?」
「イタダキマス。」
リビングのテーブルの上に、缶ビールとグラスが置かれた。
「ソノママ イタダイテモ?」
「ええ、どうぞ。」
姉の美沙子さんは自分の部屋に上がって行った。
「晋作のことをどう思われておられますか?」
直球の質問だ。
包み隠さず、答えた。
「愛オシイト思ッテイマス。生涯共ニアリタイト思イマス。」
「これから、どうなさるおつもりですか?」
きた。
エドワードは居住まいを正した。
「シンガポールニ連レテ行キマス。」
「行って、どうなさるんです?」
心臓が嫌な音を立てた。
「可能デアレバ、ワタシノ手伝イヲ シテモラウツモリデス。」
「あの子は望んでいるのでしょうか。」
頷いた。
「語学力ガ必要デス。ソノ他ノ基礎知識ハ、今勉強シテイマス。」
「身につかなかったら?キツイ言い方かもしれませんが、役に立つ子ではないかもしれません。」
心配なのは、分かる。
先程の美沙子さんのイジメの話も聞いていた。
「そうなれば、孤立するのではないでしょうか。」
「アクマデモ可能性デス。アルトモ、ナイトモ言エナイ。」
ただ。
「タダ、ワタシハ必ズ守リマス。彼ノ恋人デアリ、友人デアリ、良キ先輩トシテ、サポートシマス。」
「・・・恋人でなくなった場合は、どうされますか。晋作はひとり泣きながら日本に帰ってくるんでしょうか。」
かぶりを振った。
少なくともワタシからは手離さない。
晋作が望まない限り、手離すことなんてしない。
「彼ガ広イ見知ヲ得テ、ワタシヲ見限ル事ハ アルデショウ。ダガ、ワタシカラハ手離サナイ。」
「そう言える根拠は何でしょうか。」
人の気持ちは移り変わる。
残念なことに、それは歴史が証明している事実だ。
だが。
「愛シテイルカラデス。身ヲ捧ゲル覚悟ガアリマス。」
いざとなれば、全て捨てても良い。
いまの立場や身分など、惜しくもなんともない。
路頭に迷う従業員を出さないように、きちんと後任を育てて辞めれば良いことだ。
ただ、ワタシは経営管理ビザで日本で働いている。
日本の取締役を降りれば、アメリカに戻るしかない。
シンガポールにしても、職を降りればアメリカに帰るしかないのだ。
例えば、日本人として帰化するためには、日本の年金制度に加入し、5年以上住むことが必要だ。
年間80~100日海外出張のある今のワタシは帰化する条件に残念ながら合致しない。
5年の間、毎年80パーセント以上日本に滞在している必要があるからだ。
日本人になるための条件は、このままでは得ることが出来ない。
「将来、アメリカニ連レテ行ク可能性モアリマス。」
あるいは、
「今ノ仕事ヲ辞メテ、改メテ就労ビザヲ取リ直シ、来日スル事モ有リ得マス。」
未来は分からない。
アメリカの国籍を捨てて、日本人になるかもしれない。
分からないが、
「ドンナ未来デモ、シンサクト 共ニアリタイト思ウ。」
これは事実だ。
シンサクの居ない世界は考えられない。
「愛ヲ、疑ワレマスカ?」
そう言うと、母親は破顔した。
「少なくとも両想いに見えるわ。お互いを尊敬し、大切にしていけば共に生きることは出来ると思います。」
ただね。
「ただね、不安なんです。あの子は優しくて良い子だけど、打たれ弱いの。知り合いの居ない海外で、あなただけを頼りに生きるのは危険よ。あなたの殻を出て、ひとりで歩ける力がないと、何も出来ない子になりそうな気がします。」
母親の言う事はもっともな意見だ。
「外ニ出シマショウ。見知ヲ広ゲ、沢山ノ友人ヲ作ル手伝イヲシマス。」
「必ず約束して。籠の中の鳥にはしないと。」
頷いた。
「約束シマス。」
こうして大人同士の対話は終わった。
連れて行っていいとも、ダメとも言われていない。
結局はシンサクの意思を尊重すると言う事だろう。
「時ガ来タラ、オ願イニ伺イマス。」
「主人がきっと泣くわ。親子そっくりで優しくて涙脆いの。」
微笑みあった。
可愛らしいシンサクには、可愛らしい父と、優しくて頼もしい母と姉がいた。
そして、その家族みんなが愛おしいと思うワタシがいる。
ここは、温かい家族だ。
シンサクを幸せにしなければならない。
「・・・シンガポールノ仕事ガ落チ着イタラ、改メテ今後ノ身ノ振リ方ヲ考エマス。」
「ええ。」
日本式の乾杯をした。
未来を見据えて、シンサクを幸せにしていきたいと思う。
「彼ヲ大切ニシマス。」
「ふふ、よろしくお願いします。」
冷たいビールを喉に流し込んだ。
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