アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
156
-
俺が部活を引退して暇になっても、先輩は何かと忙しいみたいだった。
高校まで迎えに行っても、結構待たされることが多かった
暫く遅い日が続くから友達とゆっくり遊んでよって頼まれた事もあれば、
こんな暗くなるまで待ってなくていいからって強めに
言われたこともあった。
でも結局笑って折れてくれて、ファミレスで話したりカラオケではしゃいだり。
先輩は今はやりのっていうよりは80年代の歌謡曲とかそういうちょっと渋いのが好きらしかった。昔の曲ののほうが歌詞がストレートで早口じゃないから感情移入できるんだと。
俺にはよくわからないけど先輩が言うならそうなんだろう。
俺ばっかりが楽しいのかなって不安になって
「先輩楽しんでる?」って聞くと、
「もちろん」って微笑んでくれるのがうれしかった。
先輩はドジだから、ある日、手に包帯をまいてきた日があった。
どうしたの?って聞くとアイロンで火傷しちゃったって笑った。
音楽を、楽器を演奏するのが何よりも大好きだった先輩が手にけがを負うなんて珍しいと思ったけど
特にその話題に深くまで触れることはなかった。
それは俺が高校に進学して、先輩が少し遠くの音大に進学してからも変わらなくて
俺が大学まで迎えに行くと、ある時は毎日持ち歩いていたサックスを持っていなくて
今日楽器は?て聞くと練習室に忘れちゃったって笑うし
ある時は腰まであった栗色の髪が胸の辺りまで短くなっていて、あまりにもガタガタだったから
髪自分で切ったの?って聞くと家庭科の授業で毛先燃えちゃったから切ったのってまた笑った。
俺は浮かれてて気づかなかったんだ。
あんなに音楽を愛し、愛されていた先輩が自分の子供のように大切にしていた楽器をどこかに忘れる筈がないんだ。
先輩の通う大学に、”家庭科の授業”なんてもの存在しないんだよ。
俺には兄も姉もいなくて大学の仕組みをよくわかっていなかったから
高校が終わり、迎えに行って先輩が来るのを待って
一緒に帰るのが普通だと思っていたけれど
実際はどんなに早く帰れる日でも、先輩は俺に何も言わずに構内で時間を潰してくれていた。
俺が待っているようで、本当は先輩が俺を待っていた。
そしていつからだろう。
毎日のように聴いていた先輩の気持ちよさそうな鼻歌も、もう随分と聞いていないような気がした。
俺がこんなに鈍くて馬鹿なガキだったから
あんなことが起きてしまった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
157 / 448