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第二部 トラム編:2章『ベヴァイス~証拠~』【side リラ】…(10)
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◇◇◇
「よく勉強してあるでしょ?」
「…え?」
森に居た時のように淡々と語っていたトラムは、また僕の知らないうちに大人になってしまったようで、話を聞きながら少し途方に暮れていたところで、急に無邪気さを浮かべた幼い視線がこちらに向いた。
「…憧れてたから、父さんに」
「……」
けれどそれは上辺だけのもので、無邪気そうに見えたオレンジは、同系色の間接照明に照らされて切なげにゆらゆらと揺れていた。
僕は今日、何度この色を見ただろう。
◇◇◇
――ぼくたちを置いて出て行ってしまうまでは、本当に純粋に父さんに憧れてた。父さんのような立派な悪魔になりたいって思ってたんだ。
――出て行ってからも、きっと明日は帰って来るんだろうって、毎日思ってた。だから必死に勉強した。帰って来た時にぼくが『出来る子』になっていなかったら、あの人間の高校生に、父さんを取られてしまうかもしれないもの。
――そうして中学生になって、ぼくはとうとう“コレクション”の意味に気づいてしまった。父さんが100年前に何をしていたのかを知って、ぼくが何のために生まれたのかを知って、父さんが帰って来ることはないのだと知った。
――立派な悪魔になりたいっていうぼくの夢は、絶望になったんだ。父さんは最初から、ぼくに期待なんてしてなかったんだから。だってさ、
「ぼくは、あの人の性的欲求を満たすために造られたんだから」
◇◇◇
「っ…!」
もうやめて、と叫びそうになり、すんでのところで何とか言葉を飲み込んだ。
トラムはずっとそう思って生きてきたんだ。
父親の行いに気づいた時から、今この時までずっと……。
やりきれない思いが湧き上がってくるのを感じながら、目を閉じた瞼の裏には、トラムと一緒に過ごしてきた日々の映像が自然と映し出されていく。
あの時も、あの時も、君は常にそれを抱えていたの……?
《絶望》という言葉が、重くのしかかってくるようだった。
トラムに「全部」を拒絶させていたのは、絶望だったんだ――。
「…でもね、絶望と同時にもう1つ与えられたものがあるんだよ」
そこへ、まるで僕の心の声を受け取ったかのようなタイミングで、トラムが言葉を続けた。
その声音からは細かい表情は読み取れなかったけれど、…さっきまでの悲しみに満ちただけのそれとは何かが違っていた。
続く言葉を聴いた僕の頭には、自然と穏やかで美しい女性の姿が浮かび上がるのだった。
◇◇◇◇◇
『あなたは悪魔になんかならなくていいの。あなたはこれから、人間として生きて。そうすればきっと幸せになれる。あなたが人間として幸せになってくれることが、私の願い…私の夢よ』
『母さん……』
◇◇◇◇◇
「立派な悪魔を目指すっていう夢の代わりに、ぼくは人間として生きることを諦めていたから。諦めなくていいんだよって、人間として、普通の幸せを手に入れていいんだよって………。――それは、絶望と同時に与えられてしまった“希望”だったんだ」
「……」
与えられてしまった、と…否定的な言葉を使って僕を仰ぎ見たその顔が、たった今脳裏に浮かんだ想像上の女性の顔と重なった。
「…でもぼく、ずっと選べなかったんだよ。バカだって思うだろうけど、こんなことになってもまだ、あの人への憧れが消しきれなかったから」
「……」
《もしも僕が去年までの記憶を取り戻して、本当は孤児なんかじゃなくて、家があって、家族が居て、戻るべき場所があったとしたら……?
そのとき僕は、こんなに先生を慕っている僕のままでいられるのだろうか…?》
――同じ、なのかもしれない。
僕達は全く違う境遇で、ひとつだけ同じものを抱えていたのかも……。
「…それに、ぼくが人間として幸せになれるとは思えなかったから。………だってさ、ぼくが半分悪魔だっていう事実そのものは、どうやったって変えられないんだから」
――でも、やっぱり違う。
半分人間で、半分悪魔で…
半分憎んでも、どうしても半分は愛してしまう…。
それがどんなに苦しいことなのかなんて、僕は想像したことさえなかったんだ。
先生だけが僕の全て、そう思い続けることで僕はずっと……
ずっと、楽をしていたんだ。
僕が自分を取り戻したら、半分でも、先生を憎むことになるのだろうか……?
「でもね、きみが」
「…え?」
「きみが許してくれたから」
あ。
綺麗な色。
……? どうして僕はこんな時に、そんなことを思ってしまったのだろう?
でも、ずっと見ていたはずの夕焼け色が、なぜだか凄く、久しぶりに再会できたように思えてしまったんだ。
「ぼくが、きみから何もかも奪った悪魔の子どもだっていうことを、受け入れてくれたから。最後まで話を聞いて、それでも笑ってくれたから」
「……トラム?」
「だからやっと…やっと選ぶことができたんだ。ぼくは、きみと一緒に、この世界で生きていきたい」
「――」
大嫌いなこの世界で希望を選択したトラムは、半分だって悪魔になんか見えなかった。
小さくて可愛くて不器用な、僕の大切な友だち。
やっぱり結論は変わらないじゃないか。
トラムはトラム。それだけだって。
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