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第二部 トラム編:2章『ベヴァイス~証拠~』【side リラ】…(11)
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◆◇◆◇◆
「いってきます」
「リラって家に誰も居なくてもいってきます言う人なんだ」
「ん? そうだね。家に対して言ってるようなもんかな」
「ふーん」
朝。
僕達はまるで何事もなかったかのように、本当に普通に家を出て学校へ行こうとしていた。
「じゃ、鍵閉めるよ。忘れ物ない?」
「ない」
「………」
――この時。
家のドアに鍵を掛けて、その鍵を鞄の外ポケットに仕舞う瞬間をトラムが瞬きもせずに見つめていたことを……僕は気にもとめていなかった。
「……」
「戸締りOK。よし、学校行こうか」
「…え? あ、あぁうん」
「どうかした?」
「ううん。行こ」
「? うん」
眩しい朝の光に包まれた緑の森を、二人並んで歩いて学校へ向かう。
昨夜僕達の話を黙って聴いていた木々達は、全部忘れたとでも言うように元気よく葉を揺らして歌っていた。
◆◇◆◇◆
(昨日は不思議な日だったなぁ…。)
一日で色んなことを知って、色んなことが変わって……。なんだかまだ、夢でも見ていたような気がしてしまう。
それにしても、先生は一体何の用事で出かけたんだろう?
トラムと一緒に居る時には、極力気にしないように努めていた。
でも、一夜明けてこうして1人で思考を巡らせていたら、やはり考えずにはいられない。
気まぐれで謎が多い人だから、一緒に暮らしている僕でも、目の前に居ない時にあの人が何をしているのか、はっきり言えばほとんどわからない。
でも、そういうものだと思っていたから。
あの家で目覚めた時から、すでにこのスタンスが作られていた。
同じ部屋に二人きりで居る時以外は、基本的には“仕事中”なのだ。
仕事中の人に余計なちょっかいを出さないのは、当たり前のことだ。
「……」
そりゃあ、全く何とも思わなかったわけではない。
僕だって、先生が学校でどんな教師の姿を見せているのか、外で僕以外の人とどんな会話をしているのか、「開けてはいけない」と言われている分厚いドアの奥の部屋で、どんな仕事をしているのか……少しも想像したことがないと言えば嘘になってしまう。
でも、やっぱり最初からそういうものだと思っていると、あまり気にならなくなるのだろう。
(……それに………)
二人きりで、あの人の瞳に僕の姿がしっかりと映っているときは、いつだって目一杯愛してくれるから。
それで十分じゃないか。
お互いの視界にお互いの姿が入っていない時に、
相手が何をしていたって、別に気にする必要もない。
そんな風に思って……。
「……」
そこまで考えて――僕はふとあることに気付いた。
《僕が先生としっかり見つめ合っていられてるのって、一日のうちの何パーセント…?》
またひとつ、世界が揺れた。
「……」
気付いてはいけないことに気付いてしまったと、あるいは、考えてはいけないことを考えてしまったのだと、誰かに責め立てられるような錯覚に目眩を覚える。
それでも今の僕にはもう、目を伏せたり思考を振り払ったりすることができなくなっていた。
――僕にとっての「先生」って、そんな、ごく僅かな時間だけを指したものだったの…?
「………」
僕は、先生のこと……こんなに何も知らないんだ。
言いようもないショックに襲われて、誰もいない非常階段の片隅で、終業ベルが頭上で鳴り響くまでずっと、毎晩のように額や頬に触れる唇の感触を思い出していた……。
◆◇◆◇◆
「何も知らなければ……今を…幸せだと思える……ずっと、先生だけのものでいることが……僕の幸せ………」
エヒトさんと一緒に色んな所へ行って、色んなものを見て、笑ったり驚いたり、喜んだり悲しんだりしていたら…世界はこれだけじゃないんだって知ってしまった。
「知らなければ……幸せ………………?」
もっと知りたいと思ってしまったんだ。
自分のことをあまり話さなかった、いつも一緒に居る大好きな友だちのこととか……。
それから、僕自身のこととか……。
◇◇◇◇◇
――細い夕陽が眩しい。
激しい頭痛と吐き気に襲われながら、必死に考え続けていた。
本当ならば…トラムの時のように、全てを知った上で先生を受け入れたい。
それが出来るかどうかはわからないけれど、先生に対する自分の気持ちを信じて懸けてみたいと思い始めていたんだ。
……なのに――
あの人の肌に触れ、耳元で切なく囁かれていたら、…もう、何も考えられなくなってしまった。
いま僕がしていたことは、自ら彼の持つナイフに手をのばし、全てを終わらせることだった。
…そっか。もうそんなところまで来てしまっていたんだ。
今頃自分の心を持ち始めたところで、何も変わりはしないんだ。
こんなにもこの人から離れられない。
僕はもうすでに、身も心もこの人のものなんだ。
――これでいい。
もう、何も考えなくていいんだ。
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