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出会いの話
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ヨナタンが組織に改造されて間もない……X年前の話だ。
彼はこの世界をクソの塊のようだと嘆いていた。一人旅の最中によく分からない集団に攫われ、よく分からない施設にブチ込まれ、両腕を奪われ、代わりに"蛸の腕"を無理やり着けられ、そして夜の街に捨てられたのだから無理もない。何でオレがそんな災難に。この身体じゃあ街も歩けないし、国にも帰れない。生きながらにして死を与えられた――怪物としての生を授かった彼は当然、悲観的になっていた。金も組織の下っ端に奪われたらしいので安ホテルに居座るわけにもいかないし、まず入れてくれないだろう。ここで野垂れ死にするのか、と路地の壁に寄りかかって絶望する。黒猫が不気味がるように逃げてゆく。そんな時だ。ヨナタンの前に"彼"が現れたのは。
「……随分と疲れているようだな、青年」
男に近づく、前髪を中央で2つに分け、ゆるくセットした淡い金髪の男。女性に受けの良さそうな顔立ちで、右目が青く光っているように見える。両耳につけたピアスやイヤーカフがなければ、麗しの王子様といった面だ。
「この腕を見れば同情の一つもできるだろ?」
睨みつけるヨナタン。蛸の触手がぺしん、と地面を打つ。思えば、相手は普通の通行人のように気味悪がったり見なかったことにしていない。不思議そうに彼のオッドアイを見つめる。
「できないな。むしろ親近感を覚える。」
ふ、と眉を下げて笑う相手。
「親近感?もしや、てめえは」
一方、ヨナタンは眉間に皺を寄せていた。相手の正体に、怒りを隠せないでいたようだ。
「そ、あまり大声で話したくないけど、その筋のヒトだよ」
「てめぇっ、よくもオレを……!」
"組織"の人間だと判明した瞬間、彼は触手を殴りかかるように振りかざした。だが相手は触手を手で受け止める。
「俺に当たられてもな。」
掴んだ触手を興味深く見る相手。振りほどきたいが、その美しい瞳を向けられてヨナタンは力が抜けてしまった。
「一つ言っておこう、君は抗ったから失敗作扱いされた。折角こんなに素晴らしいものを持っていたのにね。」
にこりと笑う相手に、思わず尋ねるヨナタン。
「どういうことだよ……」
「君も、覚悟を決めてマフィアに入ればいいんだよ」
男の手首から水色に光る紐状の何かが這い出ると、ヨナタンの右の触手に注射針のように突き刺さった。
「……っ、何してんだ……っ!」
「一言で言えば、"口説いてる"、かな。」
ヨナタンは痛みよりも不気味さに軽く悲鳴を上げる。そして、制御できないような感覚に襲われた。
「頭足類の神経回路はヒトと大きく違う。足の一つに個性や性格があるという。君のは少し腕白で……」
何かを流し込まれるような感覚に恐怖を覚えたが、それだけではなかった。
「"気持ちいいコト"が大好きだ、俺みたいにな。」
耳元で囁かれたその声と共に感じた、ぞわりと粟立つ感情をヨナタンは否定したかった。でも。
「そ、それは、」
どういうことだ。質問を無意識にしていたヨナタン。今の彼には、恐怖や怒りではなく好奇心が芽生えていたのだ。それが相手の"毒"によるものかは分からない。
「仲間になったら答えてあげるよ。今の君には帰る家も頼る場所もないのだろう?」
「……嗚呼、てめえらのせいでな」
そうだ、我に返れと彼は触手で自分の頬を軽く叩く。それが面白かったのか、相手は笑っていた。
「そんな言い方するなよ、責任をとってあげたいのに、こっちは」
紐状の光る触手をしまうと、今度はヨナタンの左腕に触れる。
「それに俺達に喧嘩を売ったところで、その腕はもとに戻らないし、ここで嘆いていても飢え死ぬだけだろう?俺はそれを見殺しにできるほど鬼にはなれない」
マフィアがそんなこというかよ、と疑いつつもヨナタンは迷っていた。実際その通りだった。自分は何をしようが結局救われない。畜生、最初からこれが狙いか。と悪態をつく。
「卑怯な手口だ」
「君みたいな可愛い子に言われると困っちゃうよ」
からかっているのか、とヨナタンは再び湧き上がってきた怒りをぶつけるが、相手はそうかもね、と飄々と返すだけだ。
「君の人生だ。どのみち悲劇が確定しているなら――」
煉瓦の壁に手を付き、ヨナタンを脅す相手。
「悦楽に溺れる方が楽しいだろう?」
しかしヨナタンは、それに怯えることはなかった。現状を見て諦めたからか、"王子様の毒"にやられたからか、それとも――
「……そんなにオレを仲間にしたいなら、てめえの名前ぐらい名乗れ。」
「嗚呼、すまなかったね。俺はダーヴィド。後に君が何度も俺の名前を言うことになるだろう。よろしく頼む、ヨナタン?」
自分の名前を知っている予想はしていたが、なかなかに癪だなとヨナタンは舌打ちした。それに"何度も言う"?首をかしげたヨナタン。
「それとヨナタン……否、ヨナ。口の聞き方には気をつけな。俺の部下になるわけだからな」
優男の表情を崩さずに、ゆっくりと低い声で窘めるダーヴィド。
「ふん、お前はそんなに偉いのか」
「ボスの命令さ」
ダーヴィドはやれやれとジェスチャーを示してから、腕を組んだ。
「君が女の子だったらベッドまで一緒にいてあげたのに」
甘いマスクで下衆た発言をするダーヴィドにヨナタンは呆れと……これが不思議なのだが……嫉妬の感情を抱いていた。
「俺じゃあ不満か」
「ん?セックスのこと?それとも部下になること?」
「そ、そんなの後者に決まっ……」
ヨナタンが言い切る前に触手を捕まれ、すかさず"口説く"ダーヴィド。
「……ふうん、面白い子だ」
そして彼は妖艶に笑うと、ヨナタンの耳元に近づき――
「俺が欲しいなら、まずその言葉遣いを直しな。俺は素直な子がタイプでな。第一のミッションだ」
何かメモをヨナタンの触手に渡し、殺し文句のような命令と共に路地を後にしていった。放心状態で何も言い返せなかったヨナタンが、我に返ってメモを剥がす。
「何なんだあいつは……で、これはアパートの住所か?」
それが"怪物"ヨナタンとしての、全てのはじまりだった。
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