アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
金扇屋の陰間達
-
「えー……と、柊は今日の稽古何時からなの?」
どうにか空気を戻そうと、杜若兄様が苦笑いで聞いてきた。
「今日は9時から2時間舞の稽古で、昼に一回帰ってきて……13時から14時までここでお三味線です」
「柊兄様2時間もお稽古あるんですね」
「あんまり稽古に行けないからね」
「僕は今日10時から11時まで舞の稽古があるんです。一緒に帰りましょう?」
「いいよ」
「鶫、朝から部屋が騒がしかったけど、何してたの」
せっかく戻ってきた和やかな空気をぶち壊したのは、またしても椿だった。鶫の向かいの席を陣取り、背筋をすっと伸ばして料理に手をつけ始めたかと思いきや、目を細めて鶫を見据えた。
その話題を振られ、鶫はあからさまに嫌そうな顔をする。
「まさか、また寛太のこと? いい加減にしてほしいんだけど」
「ぼ、僕だって起こそうとしました!」
「でも結果起きてないじゃん。弟の面倒は直近の兄が見る、これって当たり前のことでしょ? なんでできないの」
「なんでって……」
「そんなんだから鶫にはお暇がいっぱいあるのかもね。良かったね」
「……っ!!」
鶫は唇を噛んで目元に涙を浮かべた。黙って聞いていれば、年下の子をいじめて何が楽しいんだ。
「ちょっと、その言い方はないでしょ」
黙っていられず口を挟むと、椿はギロリと俺を睨んだ。
「鶫はやることをやってるよ。僕たちは間違えて失敗して怒られて皆成長してきた。でも、しっかり役目を果たしている鶫はそんなことを言われる筋合い無い」
「ずっと帰ってこないで学校行ってる柊に鶫の何がわかるのさ」
「わかるよ!」
気がついたときには、俺は両手をテーブルに叩きつけ立ち上がっていた。
呆れたように見守っていた杜若兄様さえも、僅かに口を開けて驚いていた。
「家に帰って来ないからとか、あんまり一緒にいないからとか、そんな理由で勝手に俺のこと知った風に言うなよ! 鶫は見世前は俺の側付きだった。たった1ヶ月、でもそれだけでどんなに努力家で負けず嫌いな子かはすぐにわかったよ。椿こそ、鶫ともう2年一緒にいるのに、まだ鶫がどれだけ一生懸命かもわからないの?」
そう言ってやると、椿もバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「一生懸命にやってれば何でも許されるわけじゃないじゃん! ここはそういう世界じゃない。生まれてからずっとこの中で生きてきたくせに、甘えたこと言ってんじゃねえよ!」
「椿の鶫に対しての言葉はただの中傷だ! 兄だからって、年功序列だからって、言っていいことと悪いことの違いがわからないの!?」
「事実だろ! 柊がフラフラしてるから、その側付きをしてた鶫の仕事ぶりも上がらない」
「だから、そうやって他人の仕事を勝手に評価するな!」
「やめろ」
凛と響いた低く静かな声に、俺はハッと我に帰った。声の主は杜若兄様だった。真剣な表情で、俺と椿を交互に見やる。
いつのまにか、隣に座っている鶫は小さな嗚咽を漏らして泣いていた。
それに気がつかず声を荒げていたことにじくりと胸が痛む。
「ひっく……ひっ、ぅ、柊、にぃ、さま……椿、に……さま、ごめ、なさい……」
居間には鶫の悲痛な声。
俺はゆっくり腰を下ろすと、泣いている鶫の肩を抱いた。
「ごめん……」
「それは、廊下の人らにもじゃない?」
そう言われて扉を見やると、この屋形に住む全ての陰間達が、居間に入るに入れずキョロキョロと視線を彷徨わせて立ち尽くしていた。
「はぁ、ごちそうさま」
椿は茶碗を持って流しに出し席を開けた。
俺は自分の分と鶫の分、杜若兄様の分の片付けをして、居間を出た。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
68 / 569