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内と外
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俺は鶫をハシゴから降ろすと自分が登り、寛太の掛け布団をひっぺがした。
「寛太、いい加減起きなよ」
普段聞き慣れない声がしたからか、寛太はもぞもぞとしながらも体を起こした。
寝ぼけ眼は目が合うと、バチっと瞼を持ち上げた。知らない人間が横に真顔で立っていたら俺も同じ反応かもしれない。
「やる気が無いなら帰っていいよ」
「……」
「ここはね、身寄りがない子を無償で養ってあげるとこじゃないの。陰間としての素質がある、この家の利益になる子を育てる場所なんだ」
「兄様、その言い方は……」
後ろから鶫の声が聞こえた。
しかし、これは事実である。金扇屋は慈善団体ではない。使えない子供などいらない。
「共同生活ができない、兄を敬えない、言うことを聞けない、そんな奴はこの家にもこの花街にも必要ない。今から支度して帰って」
寛太は孤児だった。幼い時に親に見捨てられ、児童養護施設に入っていた子だ。それを俺の父に認められ、何度も交渉を重ねて金扇屋に入る運びとなった。
全国の児童養護施設には、陰間茶屋を紹介するポスターや冊子が置かれている。
そして、父は毎年秋頃に各施設を回って陰間としての才能がある子を探すのだ。もちろん本人の承諾無く強制的に連れてくることはしない。陰間茶屋がどんな場所かを偽りなく教えたうえで本人の意思のもとにここでの生活が始まる。
たった12歳の子供が全てを理解しているものとは誰も思っていない。それでも、街の人間は彼が全てを了解したうえでやってきたというように接するのだ。
寛太はベッドで固まっていた。視線を逸らさせないように、ジッと見つめる。
「ほら、早く」
腕を掴んで揺らすと、目からぽろっと涙が溢れた。
「何で泣いてるの? もう嫌なんでしょ、ここでの生活は。なら帰った方がいいんじゃないの?」
「いる……」
「敬語すら使えない人はいらない」
「います!!」
「じゃあさっさと起きて着替えて」
ハシゴから降りると、寛太は震える手で箪笥から着物を引っ張り出した。
拙い手つきで袖に腕を通し、襟を合わせ、帯を取って腰に巻きつけていく。だが、これでは稽古場に行って直されること必至だろう。そんな出来栄えだった。
鶫がすかさず手伝いに入り、綺麗に着付けられるようにしてやる。
「半年経つのに着物も着れないって? それを寛太の代わりに謝るのは鶫なの。わかってる?」
「はい……」
「これじゃあ12月に見世出しできない。お父さんには僕から言っておく。こんな状態で出すことなんかできませんって。なんなら帰した方がいいと僕は思ってるからね。寛太の代わりはいくらでもいるから」
「……」
「早くご飯食べてきて」
「はい」
寛太は背を丸めてグズグズしながら降りていった。
その姿を見て、はぁとため息が出る。やはり、こうして叱るのは性に合わない。
「兄様……」
不安そうな鶫に、俺は微笑みかけた。
「本心でそう思ってるわけじゃないよ。でもさ、ああして好き放題やって後で困るのは寛太自身だ。今のうちに叱っといたほうが良いんじゃないかって思っただけ」
普段見慣れない人間からの注意は効果絶大だったらしく、寛太はその後部屋に戻ってくるとさっさと他の兄達の布団を直し、部屋の掃除をし始めた。感心している鶫にウィンクをして、俺は一足先に稽古場に向かった。
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