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血の味(2)【アズキさん(梓パパ)視点】
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結局どうなったかって?
信じられないことに双子は妊娠10週目の状態にまで急速退化していた。
お腹が大きくならなかったのはこのせいだったのだろうか…
腹部エコーでだいたいは分かるはずだが、アリサは超音波を当てることで、吸血鬼としての双子の成長に何らかの影響が出るのを恐れ、定期検診でもほとんどエコーを受けていなかったらしい。
このまま放っておけばいずれ受精卵の状態に戻り、吸収されてしまうことが予測されたためそのまま即日入院、中絶の処置を受けた。
病室で麻酔から目覚めたアリサは、僕を見ると
「………ごめんね…」
と一言言ったきり、黙って涙を流した。
僕はアリサの手を握った。
骨ばった手……血管が浮いていてかさついていた。とても相応の年齢の女性の手には見えない………。
両手で温めるように、その手をそっと包んだ。
普通に生まれることが出来なかった双子…
守ってやれなかった。
せっかく宿った2つの命に、僕らはものすごくむごいことをした。
もしもこの世に神様がいるなら僕らは真っ先に裁かれるだろう……そのくらい、非道いことを…
悔しくて悲しい、やるせなくて辛いのは、僕も同じ。
吸血鬼であれ、どんな子であれ、…お腹にいたのはまぎれもなく僕らの子なのに…
「2人に名前をつけよう、アリサ……」
「え……」
「前から考えてたんだ。…気に入ってもらえるか分からないけど…」
「………!」
アリサは心底驚いた顔で僕を見た。
この数カ月ですっかり痩せ細った腕を伸ばしてくる。……僕はアリサを抱き起すようにして、枯れた木みたいなその身体をぎゅっと抱き締めた。
震えるアリサの肩先からこぼれた長い髪が、この1年あまりの苦悩と葛藤を象徴しているかのようだった。
気丈で、滅多に泣かないアリサがこんな風に泣くのを見るのは、最初で最後だったかもしれない。
あんなに頑なに産みたがっていたのも、自分の犯した罪を理解していて、呑み込んで、向き合って前を向こうとアリサなりに足掻いていたのだと、この時、初めて知ったんだ。
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退院したアリサはしばらく大学を休職し、ラボを休んだ。
ゆっくりする方がいい、と僕の父と母が勧めたからだった。
僕の産みの母だけでなく、父の本妻からもそう言われたことに少し驚いた。
彼女も財閥の存続のために父と結婚した経緯がある。それを考えると、……何か、アリサに対して思うことがあったのかもしれない。
父からの勧めも意外だったけれど、まぁもともと彼は誰にでもいい顔する男だ。アリサが休むことには僕も大賛成だし。
けれど…、悪い予感は当たっていた。
双子の葬儀を終えてから、アリサはどんどん不安定になった。
妊娠中、感染したつもりで実は感染していなかったのではないかという僕の予想は、一カ月後の検査でアッサリ覆された。やっぱり感染していた。
それでも女性だから発症は、…あのとき噛まれたのは、それはあくまでもお腹の子どもを育てようとしたからであって…、発症はしていない、と思っていたのだけれど…
アリサは6日に1〜2度、食事をしない代わりに僕の血を吸った。
噛まれるたびに痛くて、頭がぼうっとした。
ガーゼの交換が間に合わないほど血がにじんだ。
そんなことが1か月ほど続いたある日のことだった。
その日もアリサは首のガーゼの交換のときにフラッと側にやって来た。
そしてまるで当たり前みたいに噛み付いてきた。
けれどその日のやり方はいつもと違っていた。
どう違うかといえば僕の首筋にある傷を、先にぺろっと舐めてから噛み付いてきたわけ。
すると麻酔をかけられたみたいに、急に噛みつかれるよりも格段に痛みがマシになった。
が、…血を啜られるというのはやはりつらい痛みだ…、それを訴えるとアリサは少し首を傾げて
「分かった」
と言う。どうするのかと思っていたら、まるで母猫が怪我をした仔猫にするように傷に舌を這わせながら吸う。いや、だけどやっぱり痛いじゃないか。そう言うと気まずそうに笑って言った。
「…だってアルフレッドの血は美味しいんだよ」
……だろうね。だって僕がきみを愛しているんだから……
吸い終わりにアリサがもう一度傷を舐めると傷が跡形もなく消えた。痛みも感じない。当たり前だ。傷がないんだから。
けれどこんなのは知らないことだった。僕ら研究員の間でも、問診したどの発症者が書いたレポートでも、吸血痕を消せるなんて話題にもなってなかった。
どうやったのか聞いたけれどアリサはふふっと笑って
「魔法みたいだよね」
それからまもなく彼女はいなくなった。
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梓を連れて日本に来て、もう10年以上だ。
早いよね。
初めの頃、梓は全然日本に慣れなくて苦労した。もう少しで会社の統括を他人に譲って梓を母国に連れ帰るところだった。
あの日、星(あかり)を見つけた僕は本当に幸運だったと、心の底からそう思う。
…ああ、言い忘れたことが1つ。
いくら相手のことが好きでも『お互いに』愛し合ってなければ美味しく感じないらしい。
今日、……じゃない、昨日、それが判った。
…………何だろうな、胸が痛いよ…
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(続く/次回は梓視点になります)
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