アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
1-1 サクラノタイヨウ
-
❁
葉がすでに半分ない落葉樹。
細い枝の先には、「小さな芽」 が生えている。
でも俺には、遠すぎて小さすぎてよく見えない。
そよそよと心地よく吹く風、
街中を悠々と飛んでいるスズメたちの会話、
混み合っている駅中のむさ苦しい空気。
この窓の向こう側では、
俺には見えていない何かが毎日起きているのかもしれない。
でも、それを感じることは許されていない。
あの 「小さな存在」 は、
春以外に芽吹くことはほとんどない。
なぜだろう?
春に咲かすのが当たり前だからだろうか。
それとも自由に咲くことを許されていないのだろうか。
勝手な憶測をして同情の目で見られていると知ったら、あの「 小さな存在 」 は俺を怒るだろうか。
……まぁ全部どうでもいいことだ。
「はぁ。」
この時期の景色はどこか寂しい。
街を歩く人々も、
きっとそう感じているはずだ。
「俺の身体が普通だったら良かったのに。」
「太陽……そんなこと言うな。
お前は綺麗だ。」
「綺麗って、肌が白いだけだろ。
アルビノなんだし当たり前じゃん。」
先天性白皮症。
世間ではアルビノと呼ばれている。
皮膚を黒くするメラニン色素ってのが体内で作られない病気だ。
人間が生きていく上で大事なものが無い生活はまぁまぁ大変。
だから俺は、
普通に生まれなかったことを後悔している。
親父は綺麗だと褒めたような口を聞くが、
どうせ息子フィルターでもかかってるんだろう。
はっきり言ってこいつは親バカだ。
「それもそうだが。
特にお前の瞳は珍しくてとても綺麗じゃないか!
紫色は宝くじの1等くらい貴重なんだって、
医師から聞いたぞ?」
「ふーん。
俺は普通に茶色とか黒がよかった。」
「っ、太陽!」
「だって!
普通だったらこんな所にいなくても普通に生きられるんだろ。
俺はいつになったらここから出られるんだ?」
分かりきった答えは聞くまでもないし、
きっと親父は答えられなくて黙ってしまっている。
俺は小さい頃から身体が弱かったせいで、
これまでに何度も入退院を繰り返している。
それを親父は間近で見てきたはずだ。
居心地の悪さを誤魔化すように、
ヘッドホンを着けて目を閉じる。
バラードがいつもより心に染みたのは、
多分気のせいだ。
「………っ!おい、返せ!」
突然ヘッドホンから音が聞こえなくなった…のではなく取られてしまったようで。
いつもと違う父の行動に冷や汗がでる。
やべ、カンに触ったか?
「太陽、話がある。」
「な、何だよ。」
「お前は今年でもう16歳だ。
そろそろ外の世界を知ってもらう必要がある。」
「そんで?」
「先生に退院の許可を貰った。
これからはお前自身の責任で、自由を楽しめばいい。」
「ほ、ほんとに!?」
「本当だ。」
待ち望んでいた言葉に心臓が跳ね上がる。
やっと、
やっと俺も外の景色に触れられるんだ。
「ただし、これだけは約束してほしい。
困ったことがあれば遠慮なく相談すること。
勉強を欠かさないこと。
それと、」
’’ 命に関わることは絶対にしないこと ’’ 。
いつものふにゃふにゃした顔からは想像のつかないほど真剣な顔をして、親父はそう言った。
「……わかった。さんきゅ親父。」
「礼はいらん。
ずっと外を見ているお前を見るのが辛かったんだ。
いくら ’’あのこと’’ があったからといって、いつまでもお前を閉じ込めておくわけにはいかないからな。」
「うん、分かってる。
約束は破らないから。」
他人は過保護だと言うかもしれないが、
これも愛情だと思えば何ら普通で仕方のないことなのかもしれない。
親父の言うことは素直に従う。
「そうだな。うん。心配しすぎだよな。
これだからいつも太陽には負けるんだよなぁ。」
「ははっ、
心配してくれるのはありがてぇから。
でも本当に困ったときはよろしくな。」
「もちろんだ。
太陽は俺の大事な1人息子だからな。ははっ!」
「なんだよ、
恥ずかしいヤツ。」
親父は、俺のたった一人の家族だ。
母親は病弱で俺を産んでまもなく死んだ。
そして、生まれてきた俺も病弱。
さらにアルビノというやっかいなコブ付きだ。
それでも男手ひとつで俺をここまで育ててくれた。
自慢の大好きな親父だ。
「ははっ、明日の午前中に退院予定だから片づけしておきなさい。また明日来るから。」
「りょーかい。」
「お腹出して寝るんじゃないぞ?
じゃあおやすみ。」
「はーいおやすみおやすみ。」
俺はまもなく深い眠りについた。
❁
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 76