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12-④ 臆病者
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たった2時間程ではあったが、とても密な時間を過ごすことができた。
そろそろ風呂に入りたくなってベッドから立ち上がると、一方の実影はジャケットを着て外出の準備をし始めた。
何となく分かっている。
出かける準備をしているのはこれから仕事をする為だと。裏の、ヤクザの。この桜野組を守る為に。
実影はゆっくりしようと言っていたが俺に割ける時間はそんなに無かったみたいだ。
満たされたはずの心に影が写る。
「出掛けるのか?」
「うん、ちょっとね。でも今日はすぐ終わるから…。あーもしもし英治。あと5分待ってくれ。車は庭の方でいいから。あぁそうだ。わかった。よろしく頼む。」
俺の知る限り夜中の外出はこれまで十数回はあった。出ていく時間が時間なだけに、物騒なことに巻き込まれやしないかととても心配している。
そんな心配を他所に実影は英治も一緒だから安全面に問題はないと言うのだが。
そもそもこんな夜中まで活動していて、2人共きちんと眠れているのだろうか。
見た目では分からないが我慢しているだけかもしれない。昼寝してる所だってあまり見ない。
眠気がきてふらついた所を襲われるなんて事もあるかもしれないのに、大丈夫だろうか。
心配で心配で仕方がない。どうにかしてあげたい。でも、俺は何も出来ない。
「失礼致します。ボス。ご準備はできておられますか。」
「あぁ、すぐ行く。」
「……。」
ここにいる桜野組の皆が優秀なのは重々承知している。しかしイレギュラーは存在するし、正直不安が残るのは否めない。
あのチビな盗聴野郎から聞いた話では、実影は俺が眠っている間にも外出していることが度々あるらしい。
雨の日も、風の日も、体調の優れない日でも、落ち込んでいる時でも。組の為に。
きっと神経をすり減らしているに違いない。
でも俺は、蓮南のように日常からの危機管理なんてしてこなかった人間だから、ただでさえ静かな実影の立てる物音程度では気づいて起きることなんてできない。
つまり、寝ている間は何かしたくても何もしてあげられない。止めることさえできないんだ。
…というのはあくまで言い訳で、本当は俺なんかのワガママで実影の仕事の邪魔をしたくないだけ。
迷惑をかけて、邪魔だとその口から言われたくないだけだ。
結局俺はただ帰りを待つことしか出来ない、役立たずな臆病者。
「…気をつけてな。」
「うん、それじゃあいい子にしててね。」
「いつもいい子だろ?」
「ふふ、そうだね。その辺は僕も安心してるよ。」
「待ってるから早く帰ってこいよ。その、寂しいし。」
「あれ、今日は素直だね?ふふ。すごく嬉しいけどちゃんと寝てなかったらお仕置きするからね。」
「嫌だね。ほら早く行ってこい。」
片頬のくぼみが薄らと顔を出し、2つの視線が重なれば、自然と引き寄せられるように熱い唇が重なる。
いってきますと額にも柔らかな温もりを残して、実影は振り返ることなく部屋を出ていった。
その背中が遠ざかると、胸の前で振っていた右手は指先から少しずつ冷たくなっていく。
触れた額と唇の火照りだけが俺に大丈夫だと言うようにじんわりと温かみを帯びている。
きっと俺が本気で寂しがれば、実影はどんな手段を使ってでもここに居てくれるだろう。
でもそんなことはしちゃいけないって。
俺が1番よく解ってないといけないんだ。
それが理解できないなら、実影の恋人だと言うことは許されないだろう。
「はは、そもそもこの関係でさえ許されないんだったな……。」
それでも俺は求めることをやめられない。実影に惹かれることを止められない。もう後には引き返せない。
俺は誓ったんだ。実影を愛すると。だから俺は、俺たちは、戦うしかない。
たとえ苦しくても、許されなくても、何かを犠牲にすることになっても。
せめて実影の帰るこの場所だけは、俺の唯一の居場所であるこの場所だけは、無くさないように。
役立たずな臆病者を卒業しなければ…。
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