アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
深海
-
今日は一日フリー。まだ学校も始まったばかりで連絡先も交換する暇が無かった。流石に中学時代の友人と会うには遠いだろうし、散歩がてらこの辺りを見て回ろうか。帰りにスーパーに寄って買い出しもいいかもしれない。
冷蔵庫を開け、朝食用の食材を準備しつつ、必要なものを頭の中でリストアップしていく。
卵に、野菜はキャベツに人参……もやし。あとは肉と魚を適当に買ってくれば良いか。
手を洗い野菜を洗い。白い皿に丁寧に盛り付けていく。
匂いに呼ばれて、表情の固い兄がぎこちない朝の挨拶をする。……別に、キスくらいどうって事なじゃないか。兄さんだって昔はそのくらい彼女とたくさんしてたくせに。
「今日は少し冷えるからスープに生姜入れたんだ」
何でもない風を装って兄さんに話しかければ、兄さんは少しホッとしたように椅子に座った。
「カガリの今日の予定は?」
「んー、特に何も無いから、この辺りを散策してみようかなって」
「そうか……」
兄さんの歯切れの悪い言い方が気になって「どうしたの?」と訊ねれば「たまには二人で出かけないか」と誘われた。
「良いけど……どこに行く?」
「カガリはどこか行きたいとこあるか?」
「海、とか?あ、江ノ島水族館」
水族館なら退屈もしないだろうしちょうど良いんじゃないだろうか?
「よし、じゃあ行くか」
いつの間に買ったのか、兄さんの運転で何年か振りに訪れた。昔、まだ兄さんが家にいた頃一度だけ連れて行って貰ったっけ。だけど、あの日以降家族水入らずの旅行に僕が付いて行くことは無くなった。理由は覚えてないけど——。
「ほら、入るぞ」
手を引かれて館内に入れば、展示されている魚達が窮屈そうに泳いでいる。彼らはどんな気持ちなのだろう。こんな水槽に押し込められて、海を見ることもできずに……。
「気持ちよさそうに泳いでるよな。結構大きな水槽で」
「……そうだね」
兄さんは本当に何もわかってないや。だって兄さんは海の中で暮らしているんだもの。水槽の中に押し込められた気持ちなんてわかるわけない。
「大丈夫か?」
不意に肩を掴まれて、咄嗟に兄さんの顔を見上げる。心配そうな表情。なんで、そんな顔するの?いっそ母さんや父さんみたいな人だったら、もっと楽だったのに……。
「ううん、何でもないよ」
憎くて愛おしくて大切にしたくて壊したくて堪らない。
優しい兄さんに手を引かれて見て回った世界は深海の様で、一歩足を踏み出すごとに息が詰まりそうだ。なのに、この空間がとても美しく、幸せを感じさせてくれるのはなぜなのだろう?
分かっているのに、その答えを知ってはいけないんだ。
僕たちは兄弟で、そして……僕は人間失格だから。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
6 / 8