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オメガバース 万山
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「ここ、は………」
重たい瞼をこじ開け、眩しそうに何度か瞬きをしてから、退は呆然と呟いた。いきなり光に晒された目がぼやけて霞み、反射で何度か瞬きをする。
目に入った白い天井は、いつも見ているのと微妙に違った。真選組の天井は所々汚れて傷もあるが、今目に入るそれは何処までも白い。
無意識に緊張した身体が、五感を総動員して拾った匂いだって、いつもと全然違う。屯所は土と汗と、微かな血の匂いがする。潜伏や張り込みの為に泊まる宿は、清潔な布団と畳の匂いがする。しかし今鼻から肺を通って全身に広がった匂いは、そのどれとも違った。
甘い、肺を圧迫して息をさせないほどの甘い匂い。砂糖、花、蜂蜜、シナモン、この世のありとあらゆる甘いものを一緒くたに鍋に放り込んで、どろどろに煮詰めたみたいな。ぐじゅり、と桃を握り潰した時のような、むせ返るように甘美で、粘度のあるような。
呼吸を奪って、じわじわと窒息させられるような匂いだ。
「なんだ、これ…。」
思わず鼻を抑えて、全身に纏わりつく芳香から逃げるように身体を丸めた。
「起きたでござるか。」
不意に聞き覚えのある口調で声をかけられて、顔が強張る。無意識のうちに、腕を腹の前で交差させて、自分を抱きしめるような体制になった。
知っている。
この口調、声音、そして、最後に見た、サングラスの奥の瞳と滴る汗。
見てはいけない、脳髄がカンカンと滅茶苦茶に半鐘を打ち鳴らしている。
火事だ。逃げ遅れたら焼き尽くされて、死んでしまう。紅蓮の炎に包まれて、熱い痛いと叫び、水を求めて悶えながら、嬲り殺しにされるのだ。
いいじゃないか。誰かが言った。全てを焼き尽くす炎は美しいだろう?見ていればいい。見惚れていなさい。あの赤に我を忘れて、全てを忘れて、身を委ねればいい。なんとステキに幸せなことじゃないか。
黙れ!叫ぶ代わりに目を固く閉じた。
そんなこと、そんなこと……!
だから、気がつかなかった。愚かなことに一人で一人と話していた彼は、男がにじり寄ってきたことに気がつけなかった。だから、急に上掛けを取り払われて、目を開いて見てしまった。
「随分と遅いお目覚めでござるな、退殿。」
火が舐めるように足先を掠めて、逃げ場をなくしてゆく。
襟足が焦げて、四肢が火傷をしたように熱を持つ。
気がついた時には、辺り一面火の海だ。そこから炎が蛇の形をして、こちらを窺っている。
クシナダヒメになったみたいだ、と何の脈絡もなく思った。スサノオはいない。酒樽も無いし、自分一人じゃ櫛に変身する術だって使えない。ヤマタノオロチはもうやってきてしまっていて、その十六の眼でこちらを見て、頻りに垂涎している。
覚悟を決めなければならない、と嫌でも分かった。
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